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		<title>タグ“創氏改名”の公開資料</title>
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		<description>タグ“創氏改名”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[水野直樹「創氏改名」の要約と考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/60846/]]></link>
			<author><![CDATA[ by camsa10]]></author>
			<category><![CDATA[camsa10の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 16 Dec 2009 19:00:27 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/60846/" target="_blank"><img src="/docs/958518609389@hc09/60846/thmb.jpg?s=s&r=1260957627&t=n" border="0"></a><br /><br />水野直樹『創氏改名』の要約と考察
序
　本書は、日本の朝鮮支配期の1910年から1945年にかけて、占領政策の象徴として行われた創氏改名の政策について、その特徴や日本政府内の複雑な意図、朝鮮人への影響過程やその帰結の考察を行っている。
　創氏改名に関しては、現在に至っても未だ十分な研究に乏しく、また「麻生発言」に代表されるように、創氏改名は日本の強制ではなく朝鮮の人々が自発的に行ったという言説も散見されるのが現状である。このような中で、本書は創氏改名の実態の解明を一次史料に準拠し多角的に試みる労作であるといえよう。
　以下では、本の章進行とは前後する部分もあるが、その要約と、それに基づく現在の日韓関係も視野に入れた考察を行っていきたい。
1、創氏改名政策の意図とその実相
　「創氏改名」政策とは、日本政府が朝鮮支配の一環として強権的に行った、日本皇国への「同化政策」として広く認知されている。しかし実際は、日本側の意図は朝鮮総督府、警察機構、政府などで多様に異なり、また同時に朝鮮人側にも様々な立場が混在していたという点に着目する必要がある。以下ではまず、創氏改名の二つの側面を捉えることから..]]></description>

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			<title><![CDATA[ 韓国併合]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431079801@hc06/9182/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rkcpp554]]></author>
			<category><![CDATA[rkcpp554の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 24 Jun 2006 01:19:11 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431079801@hc06/9182/" target="_blank"><img src="/docs/983431079801@hc06/9182/thmb.jpg?s=s&r=1151079551&t=n" border="0"></a><br /><br />まず、韓国併合までの過程を述べると、1907年7月、日本政府は適当な時期に韓国を併合する方針を閣議決定して、これに基づいて一層の拡大をはかった。また、韓国司法および監獄事務委託に関する日韓覚書が調印され、11月に韓国政府の法部は廃止され、裁[346]<br />　
　まず、韓国併合までの過程を述べると、1907年7月、日本政府は適当な時期に韓国を併合する方針を閣議決定して、これに基づいて一層の拡大をはかった。また、韓国司法および監獄事務委託に関する日韓覚書が調印され、11月に韓国政府の法部は廃止され、裁判所や検事局、監獄は統監府に移管された。初代統監だった伊藤博文は安重根に射殺され、一進会は合邦声明書を発表した。これは、韓国の併合が朝鮮人の願いに沿ったようにみせかけていたが、日本は併合の方針をすでに決定していたのである。1910年4月に第2回日露協約締結交渉のなかで、ロシアは日本の韓国併合を承認し、5月にイギリスも承認した。このようにして、日本は韓国を併合していくこととなった。6月3日に日本政府は、併合後の植民地統治の基本方針である韓国に対する施政方針を閣議決定した。その後、韓国警察事務委託に関する日韓覚書が調印され、韓国政府の警察が統監府に移管され、憲兵中心の警察制度である憲兵警察制度が成立した。
　1910年7月には、韓国駐箚軍の命令を受けて、一個連体相当の兵力が各地から漢城に集結し、警備は強化された。そして、8月22日に李完用と韓国併合..]]></description>

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			<title><![CDATA[朝鮮植民地時代における創氏改名の目的について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432291801@hc05/1697/]]></link>
			<author><![CDATA[ by madoka]]></author>
			<category><![CDATA[madokaの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 27 Jul 2005 04:21:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432291801@hc05/1697/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432291801@hc05/1697/" target="_blank"><img src="/docs/983432291801@hc05/1697/thmb.jpg?s=s&r=1122405673&t=n" border="0"></a><br /><br />講義で、朝鮮の近現代史のなかの家族・親族制度について学んだ。隣国である、朝鮮や中国からは古くから様々な文化が日本に伝えられ、共通の文化も多くある。しかし、家族制度に関しては日本とはかなり異なっており、講義で取り上げられたトピックのなかでも私[360]<br />国際社会学　
朝鮮植民地時代における創氏改名の目的について
　講義で、朝鮮の近現代史のなかの家族・親族制度について学んだ。隣国である、朝鮮や中国からは古くから様々な文化が日本に伝えられ、共通の文化も多くある。しかし、家族制度に関しては日本とはかなり異なっており、講義で取り上げられたトピックのなかでも私にとって非常に興味深い内容であった。更にその中でも、創氏改名については中学・高校時代にも学び、私自身先入観というものができあがっている。しかしそれは教科書からだけの情報であり、一方からだけの解釈にすぎないのではないか。創氏改名に込められた意図・目的は何であったのか、考えてみたいと思う。
　まず、講義で創氏改名について述べられていたことを簡単に要約する。
　〇朝鮮人の名前　本＋姓＋名　（日本人の名前　氏＋名）
　　　　　　　　　姓は父系血縁関係を示し生涯変わることはない。
　　　　　　　　　氏は「家」の呼称であり、どの「家」に属するかで変化。
　　創氏後の朝鮮人の名前　本＋姓＋氏＋名
〇創氏改名　　「氏」を新たに設定し「名」を（日本人式に）改めること
　　　　　　　　1939年政令19号「朝..]]></description>

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			<title><![CDATA[朝鮮植民地時代における創氏改名の目的について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432291801@hc05/1500/]]></link>
			<author><![CDATA[ by madoka]]></author>
			<category><![CDATA[madokaの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 25 Jul 2005 17:56:00 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432291801@hc05/1500/" target="_blank"><img src="/docs/983432291801@hc05/1500/thmb.jpg?s=s&r=1122281760&t=n" border="0"></a><br /><br />講義で、朝鮮の近現代史のなかの家族・親族制度について学んだ。隣国である、朝鮮や中国からは古くから様々な文化が日本に伝えられ、共通の文化も多くある。しかし、家族制度に関しては日本とはかなり異なっており、講義で取り上げられたトピックのなかでも私[360]<br />国際社会学　秋学期レポート課題
朝鮮植民地時代における創氏改名の目的について
　講義で、朝鮮の近現代史のなかの家族・親族制度について学んだ。隣国である、朝鮮や中国からは古くから様々な文化が日本に伝えられ、共通の文化も多くある。しかし、家族制度に関しては日本とはかなり異なっており、講義で取り上げられたトピックのなかでも私にとって非常に興味深い内容であった。更にその中でも、創氏改名については中学・高校時代にも学び、私自身先入観というものができあがっている。しかしそれは教科書からだけの情報であり、一方からだけの解釈にすぎないのではないか。創氏改名に込められた意図・目的は何であったのか、考えてみたいと思う。
　まず、講義で創氏改名について述べられていたことを簡単に要約する。
　〇朝鮮人の名前　本＋姓＋名　（日本人の名前　氏＋名）
　　　　　　　　　姓は父系血縁関係を示し生涯変わることはない。
　　　　　　　　　氏は「家」の呼称であり、どの「家」に属するかで変化。
　　創氏後の朝鮮人の名前　本＋姓＋氏＋名
〇創氏改名　　「氏」を新たに設定し「名」を（日本人式に）改めること
　　　　　　　　193..]]></description>

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