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		<title>タグ“公共性”の公開資料</title>
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		<description>タグ“公共性”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[交通サービスの公共性]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960846083458@hc08/77322/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happy365days]]></author>
			<category><![CDATA[happy365daysの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 12 Jan 2011 21:28:58 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960846083458@hc08/77322/" target="_blank"><img src="/docs/960846083458@hc08/77322/thmb.jpg?s=s&r=1294835338&t=n" border="0"></a><br /><br />１．はじめに
現代日本においては「交通の公共性」「教育の公共性」「放送の公共性」など、「公共性」や「公」が数多くの場面で用いられ、主張される。しかし、「公共性」や「公」といった言葉は多義的で曖昧な概念である。
『広辞苑　第五版』（新村、2005）では「公共性」を「広く社会一般に利害や正義を有する性質。」と定義し、『大辞林　第三版』（松村、2006）では、「広く社会一般に利害・影響を持つ性質。特定の集団に限られることなく、社会全体に開かれていること。」と定義している。だがやはり、こうした定義は漠然としたものである。それゆえ、「公共性」という言葉は具体的に定義されないまま、都合良く用いられやすい。
そこで、本レポートでは、交通サービスの公共性という点から、「公共性」という言葉の意味について考えたい。
２．「公共性」概念の多義性
交通サービスの民営化や電力の自由化などは、しばしば交通サービスや電力の「公共性」の高さを根拠に反対された。交通サービスでは私鉄との過度な競争で安全性が下がること、低利益の路線が廃止されることなどが、電力の自由化では競争激化によって安定的な電力供給ができなくなることな..]]></description>

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			<title><![CDATA[市民的公共性――「公共性」がもつ問題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960846083458@hc08/63702/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happy365days]]></author>
			<category><![CDATA[happy365daysの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 08 Feb 2010 20:41:52 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960846083458@hc08/63702/" target="_blank"><img src="/docs/960846083458@hc08/63702/thmb.jpg?s=s&r=1265629312&t=n" border="0"></a><br /><br />１．はじめに
地方分権、民営化、マスコミ報道問題、政治献金、米軍基地、ダム問題など、近年様々な形で公共性を問う問題が発生している。それぞれの問題における「公共性」の意味内容は異なっているが、「公共性」とは何かが改めて問い直されるべきである。
　日本において「公共性」という概念は、国家・政府が行う行為、あるいはそれらが関わる行為に特化して用いられてきた。それゆえ、国家を構成している一般市民・住民が公共性を形成すべきだという意識が成立しにくく、市民・住民が担う市民的公共性が、絶えず国家･政府に規制された国家的公共性にすり替えられてきた。これには、日本で歴史的に形成されてきた官僚主導の社会システムと関わっているだろう。
　ここでは日本における「公共性」のあり方に触れるとともに、市民・住民が担う市民的公共性について考察していく。
２．「公／私」の区分
公共性の問題を考える際、「おおやけ／わたくし」、「公／私」、「public／private」といった対概念が用いられることがある。これらは一見同じ概念に見えるが、その意味内容はそれぞれ大きく異なっており、相反する意味を持つものもある。しかし現代日..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「これからの公共性」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/24383/]]></link>
			<author><![CDATA[ by binkanboy]]></author>
			<category><![CDATA[binkanboyの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 21 Sep 2008 03:57:07 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/24383/" target="_blank"><img src="/docs/983430219101@hc06/24383/thmb.jpg?s=s&r=1221937027&t=n" border="0"></a><br /><br />計画行政論レポート
　
「これからの公共性」
　「公共性とは何か？」そう思い、公共性について調べてみた。すると公共性とはそもそも西洋で&ldquo;神のもとに生を受けたものども全員&rdquo;ということを指し、これは日本において日本国憲法に天皇と公共性が併記され[354]<br />]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[日本人の公共性と国際性の欠如]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432374901@hc05/18793/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ぶーにゃん]]></author>
			<category><![CDATA[ぶーにゃんの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 28 Jan 2008 12:58:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432374901@hc05/18793/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432374901@hc05/18793/" target="_blank"><img src="/docs/983432374901@hc05/18793/thmb.jpg?s=s&r=1201492708&t=n" border="0"></a><br /><br />「 日 本 人 の 公 共 性 と 国 際 性 の 欠 如 」 
課 題 １ ） 「 日 本 人 の 公 共 性 」 に つ い て 1000 字
以 内 で 述 べ な さ い 。 
日 本 人 は 「 羞 恥 の 文 化 」 を 有 す[234]<br />「 日 本 人 の 公 共 性 と 国 際 性 の 欠 如 」 
課 題 １ ） 「 日 本 人 の 公 共 性 」 に つ い て 1000 字
以 内 で 述 べ な さ い 。 
日 本 人 は 「 羞 恥 の 文 化 」 を 有 す る と 、 し ば
し ば 言 わ れ て い る 。 な ぜ 日 本 人 は 「 恥 」 を 重
ん じ る の だ ろ う か 。 
あ る 人 が 公 園 の ベ ン チ に 座 り 昼 食 を と ろ う
と 、 公 園 内 を 歩 い て い る と 、 突 然 何 か に つ ま
ず き 、 転 ん で し ま っ た 。 彼 は 何 気 な く 立 ち 上
が り 、 食 事 を 始 め た 。 ふ と 公 園 の 周 り を 見 渡
し て み る と 数 人 が 彼 の ほ う を 見 な が ら 何 や ら
ヒ ソ ヒ ソ と 話 し 、 嘲 笑 を 浮 か べ て い た と す る 。
そ の 瞬 間 、 彼 は 恥 ず か し さ を 感 じ る の だ 。 つ
ま り 、 日 本 人 に と っ て 「 恥 」 と は ..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[現代の公共事業について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430776801@hc06/8212/]]></link>
			<author><![CDATA[ by e09012004]]></author>
			<category><![CDATA[e09012004の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 02 May 2006 15:15:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430776801@hc06/8212/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430776801@hc06/8212/" target="_blank"><img src="/docs/983430776801@hc06/8212/thmb.jpg?s=s&r=1146550521&t=n" border="0"></a><br /><br />日本が第二次世界大戦の敗北から立ち直って、その後の高度経済成長を実現するためには、原料や製品を運ぶための道路や急激に増加した工場などに水や電力を供給するためにダムの建設などが必要であった。また、海外から原材料を輸入し、製品を輸出するためには[360]<br />　現代日本の公共事業について
　日本が第二次世界大戦の敗北から立ち直って、その後の高度経済成長を実現するためには、原料や製品を運ぶための道路や急激に増加した工場などに水や電力を供給するためにダムの建設などが必要であった。また、海外から原材料を輸入し、製品を輸出するためには各地に港も必要であった。このような公共事業は、戦後の日本では、失業対策にもなっていたという面もあったが、この過程で政官財複合体ならぬ公共事業複合体ができあがってしまったことは否定できないことである。公共事業複合体の網の目は、全国に張り巡らされており、公共事業は地方に行けば行くほど雇用としての意味をもっていった。しかし、このような公共事業をそのまま放置しておけば、私たちの生活は財政赤字の波に飲まれてしまうことになる。
　公共事業は公共性の名の下に、今までは経済効率の面からだけで道路は作られており、それは現在も作り続けられている。しかし、道路を多く作れば当然、騒音・振動など市民の生活に妨害が生じ、さらに、車の排ガスによる大気汚染により沿道の市民の身体に大きな悪影響を及ぼすこととなる。都市の道路問題が過密であることに対し、地..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 市民的公共性について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430776801@hc06/8211/]]></link>
			<author><![CDATA[ by e09012004]]></author>
			<category><![CDATA[e09012004の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 02 May 2006 15:11:46 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430776801@hc06/8211/" target="_blank"><img src="/docs/983430776801@hc06/8211/thmb.jpg?s=s&r=1146550306&t=n" border="0"></a><br /><br />　１、公共性をめぐる近年の言説について
多くの人々が公共性と言う言葉に否定的な感覚を持っていた数十年前は、公共性という言葉は官製用語の一つであった。それは、鉄道や道路などの建設を推し進めようとする政府が「公共事業」に異議を申し立てる人々を[356]<br />　市民的公共性について
　１、公共性をめぐる近年の言説について
多くの人々が公共性と言う言葉に否定的な感覚を持っていた数十年前は、公共性という言葉は官製用語の一つであった。それは、鉄道や道路などの建設を推し進めようとする政府が「公共事業」に異議を申し立てる人々を説き伏せるための言葉であったり、市民らが生活の破壊などを訴える場合の権利主張を「公共の福祉」という名の下に退け、人々にこれらの損害や迷惑を我慢させるための言葉であるなど、公共性という言葉は、多くの人々にとって否定的な響きを持っていた。
　しかし、公共性という言葉は１９９０年代を迎える頃から様々な論者によって肯定的な意味でしかも活発に用いられるようになってきた。この背景の一つには、国家が公共性を独占する事態への批判的認識の拡がりがあった。市民らは、道路補修などの公共事業を含む政府の公共政策によって引き起こされる自然環境や生活環境の破壊に対し、住民運動や市民運動といった抗議を起こしてきた。これらの公共性に対する批判的な問題意識は、バブル崩壊後に国家の財政破綻の事実があらわになるにつれて、一般に共有されるようになっていった。
　１９９..]]></description>

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			<title><![CDATA[日本の規制緩和論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/2079/]]></link>
			<author><![CDATA[ by go55go]]></author>
			<category><![CDATA[go55goの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 31 Jul 2005 04:43:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/2079/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/2079/" target="_blank"><img src="/docs/983432257401@hc05/2079/thmb.jpg?s=s&r=1122752632&t=n" border="0"></a><br /><br />中条さんは、「規制緩和」の論客として知られている学者である。様々なメディアにも良く出ている。中条さんの中小学校での生徒一人に対して100万円近い支出が行われているという言葉にびっくりして、いつか中条さんの本は読んでみたいと思っていた。
今[350]<br />中条さんは、「規制緩和」の論客として知られている学者である。様々なメディアにも良く出ている。中条さんの中小学校での生徒一人に対して100万円近い支出が行われているという言葉にびっくりして、いつか中条さんの本は読んでみたいと思っていた。
今、小泉内閣や竹中金融財政担当大臣が日本で行おうとしている「構造改革」の内容が「財政再建」である。と思っている人は多いかもしれない。しかし、それは彼らの行おうとしている改革の側面を指摘したに過ぎない。
彼らが行おうとしていることはこの本の中で指摘している「規制緩和」なのだ。第二次世界大戦で、財閥や軍は解体されたが、官僚制のみ温存された。そして、日本の高度成長時代は、官僚が作る規制による重厚長大型の産業育成に都合がよかった。
しかし、成熟型経済に移行し、インターネット産業を中心とするソフト産業を強化することが世界の先進国で叫ばれている今、現在、日本にある規制で必要なものはどれくらいあるのだろうか。私は中条先生の立場を支持するという形で論を展開していこうと思う。
規制緩和が遅々として進まない背景には、弱者保護、安全性などの「公共性」に名を借りた官僚の抵抗があ..]]></description>

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