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		<title>タグ“仏教文学概論”の公開資料</title>
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		<description>タグ“仏教文学概論”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[R0704　仏教文学概論　第１設題（合格済み）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/99274/]]></link>
			<author><![CDATA[ by BBQ-Chicken]]></author>
			<category><![CDATA[BBQ-Chickenの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 14 Dec 2012 01:21:08 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/99274/" target="_blank"><img src="/docs/948746779245@hc12/99274/thmb.jpg?s=s&r=1355415668&t=n" border="0"></a><br /><br />設問：「霊山の釈迦のみまへにちぎりてし真如くちせずあひ見つるかな（行基）」「かびらゑにともにちぎりしかひありて文殊のみかほあひ見つるかな（婆羅門）」の贈答歌を解釈せよ。
テキスト：仏教文学概説、佛教大学通信教育学部[319]<br />「霊山の釈迦のみまへにちぎりてし真如くちせずあひ見つるかな（行基）」「かびらゑにともにちぎりしかひありて文殊のみかほあひ見つるかな（婆羅門）」の贈答歌を解釈せよ。
「霊山の釈迦のみまへにちぎりてし真如くちせずあひ見つるかな（行基）」「かびらゑにともにちぎりしかひありて文殊のみかほあひ見つるかな（婆羅門）」の贈答歌を解釈するにあたって、まずは作者二人の生い立ちや人物像について見てみることとする。
行基は、奈良時代の僧である。天智天皇７年（６６８）河内国大鳥郡蜂田郷（のちの和泉国、大阪府堺市）の母方の家に生まれ、天武天皇１１年（６８２）に出家し、「瑜伽師地論」「成唯識論」をすぐ了解した。慶雲元年（７０４）生家を清め家原寺とし、布教と開発を展開し、「化を慕ひ追従する者はややもすれば千を以て数ふ、（中略）弟子らを率ゐてもろもろの要害の処に橋を造り陂を築く、（中略）時人は号して行基菩薩と曰ふ」とある（原漢文、『続日本紀』）。彼の布教に対し養老元年（７１７）の詔は、「妄りに罪福を説き、朋党を合はせ構へ、（中略）余物を乞ひ、詐つて聖道を称し、百姓を妖惑す」（同）といい、僧尼令違反とし布教を禁圧した。..]]></description>

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			<title><![CDATA[R0704　仏教文学概論　第２設題（合格済み）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/99271/]]></link>
			<author><![CDATA[ by BBQ-Chicken]]></author>
			<category><![CDATA[BBQ-Chickenの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 14 Dec 2012 01:21:07 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/99271/" target="_blank"><img src="/docs/948746779245@hc12/99271/thmb.jpg?s=s&r=1355415667&t=n" border="0"></a><br /><br />設問：『三国伝記』巻十二　第三「恵心院源信僧都事」における唱導文学的特徴について述べよ。
テキスト：仏教文学概説、佛教大学通信教育学部[199]<br />『三国伝記』巻十二　第三「恵心院源信僧都事」における唱導文学的特徴について述べよ。
「恵心院源信僧都事」について考える前に、唱導文学について触れる。
唱導は従来、表白、正釈、施主段の三段形式から成るものとされ、また、経典の講釈は、来意（その経典の趣旨）、釈名（題名の説明）、入文判尺（本文の解釈）の形を採るのが、通則となっている。目下、その具体的な姿をモデルとして再建することが、文学史における急務の課題であり、徐々にその復元が試みられつつある。
仏教流布のために、内と外、それぞれにおける方法がある。教団内部では、師資相承の学問として、また、修行を通じて、仏教は体得され伝えられた。一方、外部へは、布教という形がとられ、また、仏教がある程度社会に根付くと、法会が、俗人の社会に具体化して仏教の浸透を図ることになった。法令は、詞章だけのものではなく、音や動き、あるいは荘厳といった、人間の五感に訴える総合的な行為であるが、そこにおいては、言葉もまた、大きな役割を担っていた。
永井氏は、唱導が表白詞章と口頭詞章と分けて考えるべきであること、また、表白詞章が多くの唱導文集となり、口頭詞章が仏教説話集の..]]></description>

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			<title><![CDATA[R0704 仏教文学概論　第２設題　佛教大学　2012年度版]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953256000696@hc11/94020/]]></link>
			<author><![CDATA[ by geo2154]]></author>
			<category><![CDATA[geo2154の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 06 Jun 2012 04:32:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953256000696@hc11/94020/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/953256000696@hc11/94020/" target="_blank"><img src="/docs/953256000696@hc11/94020/thmb.jpg?s=s&r=1338924754&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学のレポートです。図書館で資料を収集してから作成したレポートですのでA判定をもらっています。わたしは文系大学院を卒業してから佛大に入学しました。質の高いレポートを作成できていると評価されていますので参考にしていただけると思います。[354]<br />【第二設題】『三国伝記』巻十二 第三「恵心院源信僧都事」における唱導文学的特徴について述べよ。
（一）唱導について
　「唱導」の定義については、中国の梁の慧皎による『高僧伝』のなかで、「唱導は、蓋し以て法理を宣唱し、衆心うぃ開導するなり。」と述べられている（教科書『仏教文学概論』３１１ページ）。日本における「唱導」については、鎌倉時代に記された『元亨釈書』のなかで、「唱導者、演説也。」と述べられている（教科書『仏教文学概論』３２４ページ）。「唱導」とは、仏教の法理を人々に説き、人々の心を仏教へと開かせるために行われる演説であると言え、これらをまとめると、「仏の教えを説き明かして人びとの心をその教えに引き込もうとする布教活動として、弁説をもってする講経活動」（『岩波仏教辞典』４３６ページ）であると定義できる。
　仏教を人々へと広く伝えるために、「布教という形が取られまた、仏教が社会にある程度根付くと、法会が、俗人の社会に具体化して仏教の浸透を図ること」（教科書『仏教文学概論』３０５ページ）となった。法会とは、仏教の「経典を講説・読誦する集会」（『岩波仏教辞典』７１９ページ）であり、集まっ..]]></description>

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			<title><![CDATA[R0704 仏教文学概論　第１設題　佛教大学　2012年度版]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953256000696@hc11/94019/]]></link>
			<author><![CDATA[ by geo2154]]></author>
			<category><![CDATA[geo2154の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 06 Jun 2012 04:32:34 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/953256000696@hc11/94019/" target="_blank"><img src="/docs/953256000696@hc11/94019/thmb.jpg?s=s&r=1338924754&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学のレポートです。図書館で資料を収集してから作成したレポートですのでA判定をもらっています。わたしは文系大学院を卒業してから佛大に入学しました。質の高いレポートを作成できていると評価されていますので参考にしていただけると思います。[354]<br />【第一設題】「霊山の釈迦のみまへにちぎりてし真如くちせずあひ見つるかな（行基）」「かびらゑにともにちぎりしかひありて文殊のみかほあひ見つるかな（婆羅門）」の贈答歌を解釈せよ。
（一）行基と婆羅門の贈答歌を解釈する意義について
　仏教と文学の関係を捉える場合に、次のような三つの視点の設定ができるといわれている（教科書『仏教文学概説』３ページ）。第一に作品における仏教的な「創作意図」があるかという視点である。第二に作品における「仏教思想」の実現を認定できるかという視点である。第三に作品に仏教的な「叙述表現」があるという視点である。
　仏教文学として知られている『今昔物語集』のなかには多くの仏教説話が取り上げられている。たとえば、真言宗や天台宗の伝来の歴史、また、東大寺建立の経緯といった、日本の仏教の歴史における重要な要素をテーマとした作品が記されている。『今昔物語集』のような作品が仏教文学であると言われる理由は、真言宗や天台宗、東大寺などの仏教的な用語が使用されているという単純な理由だけではない。『今昔物語集』などは、仏教の「布教と密接不離な関係」（『岩波仏教辞典』４９５ページ）にあるとさ..]]></description>

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			<title><![CDATA[R0704_仏教文学概論_試験]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/71981/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lockpan]]></author>
			<category><![CDATA[lockpanの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 04 Oct 2010 11:56:46 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/71981/" target="_blank"><img src="/docs/961741372636@hc08/71981/thmb.jpg?s=s&r=1286161006&t=n" border="0"></a><br /><br />・『往生要集』について述べよ。
・『今昔物語集』について述べよ。
・狂言綺語の文学観について述べよ。
・無常思想について述べよ。　
・未来記について述べよ。
・『曾我物語』における仏教的側面について述べよ。
※試験対策用の６題です。2009年度問題、合格。ご参考ください。なお不足・変更が必要な箇所があれば補足してください。2010年度以降の問題については関知しておりません。
・『往生要集』について述べよ。
『往生要集』は、日本浄土宗の祖ともされる、平安時代中期の天台宗の僧、源信が著した。上中下三巻からなり、上巻は｢厭離穢土｣｢欣求浄土｣｢極楽の証拠｣｢正修念仏｣で、中巻は｢助念の方法｣｢別時念仏｣が語られ、下巻は｢念仏の利益｣｢念仏の証拠｣｢往生の諸行｣｢問答料簡｣と続き、最後に書簡が置かれる。
『往生要集』の中で最も印象的なのは、大文第一での六道（地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天人）、その様である。本書は ｢厭離穢土｣から｢欣求浄土｣へ、その方法としての念仏を説く、という構成になっている。そのため｢厭離穢土｣の内容が強烈な印象を与えるのは当然であり、その影響は非常に大きい。
しかし源信が力をこめたのは、念仏の必然性と方法とその効果である。そこには踊念仏の在り方に対する批判もなされているのだが、この考えは後に法然にも受け継がれる。しかし源信の立場は、口称と観念の両方を含むものであった。
天台浄土教は、教団内部の孤立的な宗教活動ではなく、これを享受した貴族社会にも大きな影響を与えた。『往生要集』はその動きをさらに加速し、文学思想にも影響を与える。平安時代中期では、『日本往生極楽記』を著した慶滋保胤が浄土教の影響を深く受け、また『源氏物語』には源信をモデルにしたと言われる｢横川の僧都｣が登場している。
なお『往生要集』は中国の天台山からも評価され、源信は「日本小釈迦源信如来」という称号を送られている。
・『今昔物語集』について述べよ。
※試験対策用の６題解答案です。2009年度問題。それぞれ600～800字程度です。ご参考ください。なお不足な箇所があれば補足してください。
『今昔物語集』とは平安時代末期に成立したと見られる、天竺（インド）、震旦（中国）、本朝（日本）の三国の、１０００話を超える説話を収める大説話集である。しかし撰者、成立時期ともに明確ではない。全3..]]></description>

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			<title><![CDATA[R0704_仏教文学概論_第2設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/71979/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lockpan]]></author>
			<category><![CDATA[lockpanの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 04 Oct 2010 11:49:49 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/71979/" target="_blank"><img src="/docs/961741372636@hc08/71979/thmb.jpg?s=s&r=1286160589&t=n" border="0"></a><br /><br />『三国伝記』巻十二第三「恵心院源信僧都事」における唱導文学的特徴について述べよ。 　唱導とは、一般には仏教の教えを説いて人を導くことをさす。その際の導き方は、僧侶が法会で座にのぼって説法をし、あるいは因縁を述べ、あるいは譬喩を引くことによって、仏法を説き人心を化導しようとしたのである。｢声・弁・才・博｣が条件として挙げられ、その内容は対機説法で、対象とする人と場によって内容と言葉を使い分けることも望まれた。まさしく説教・説法・説経であり、声や音や身体技法によって、節をつけて因縁や譬喩を物語り、仏法の功徳を説くことで、教義や思想をわかりやすく民衆に解き明かしたのである。 　唱導は、表白、経釈、願文から成るものとされる。表白は出家の人々が作成する、法会を荘厳する言説であり、その文言は僧侶にとって、いかに記述するかが重要な関心事となっていき、模範となる雛型が出来上がっていった。経典を講説し解釈を施す経釈の部分も、聴く人々を感動させるため多くの工夫が施されるようになり、対句表現を多く用いたり、美辞麗句を連ねたりとその方法は多岐にわたったようである。願文は施主の願意を盛った文章であり、多くは時の..]]></description>

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			<title><![CDATA[R0704_仏教文学概論_第1設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/71978/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lockpan]]></author>
			<category><![CDATA[lockpanの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 04 Oct 2010 11:49:48 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/71978/" target="_blank"><img src="/docs/961741372636@hc08/71978/thmb.jpg?s=s&r=1286160588&t=n" border="0"></a><br /><br />「霊山の釈迦のみまへにちぎりてし真如くちせずあひ見つるかな（行基）」「かびらゑにともにちぎりしかひありて文殊のみかほあひ見つるかな（婆羅門）」の贈答歌を解釈せよ。 　行基と婆羅門僧正との贈答歌［『拾遺和歌集』巻二十、一三四八（大僧正行基）、一三四九（婆羅門僧正）］について、それに関する説話を交えつつ解釈していく。
　この二首が読まれたのは、東大寺盧遮那仏の造顕が終わり、その落慶供養の時である。順を追ってみていくと、天平十五年（七四三年）、聖武天皇により大仏の造像が発願され、行基は大仏造営の歓進の中心となり、その功績によって天平十七年（七四五年）に大僧正となる。行基は聖武天皇から、この盧遮那仏の開眼供養の講師に任命されるが、｢自分はその任に堪えられません。もうすぐ外国から講師に相応しい大師（聖者）が到来されることでしょう。｣という予言を奏上するのである。
　開眼供養がいよいよ目前に迫ったある日、行基は摂津国の難波に、｢大師がおいでになるので迎えに参ります。｣と言って、百人の僧とともに船に乗り、また多くの役人、楽人を引き連れて、歓迎奏楽を奏でつつ難波の船着場に出向いた。いざ着いてみると、し..]]></description>

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			<title><![CDATA[R0704　仏教文学概論 科目最終試験]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66403/]]></link>
			<author><![CDATA[ by foreveryoungjpjp]]></author>
			<category><![CDATA[foreveryoungjpjpの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 May 2010 08:01:39 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66403/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66403/" target="_blank"><img src="/docs/958828040823@hc09/66403/thmb.jpg?s=s&r=1272754899&t=n" border="0"></a><br /><br />過去問の集計により、科目最終試験に出題されると予想される６問について、その解答をまとめた資料です。

ちなみに2009年度のものですので今年度も同じかどうかはシラバスなどで確認してください。

この解答例は私が自分用にまとめたものな[336]<br />仏教文学のとしての特徴をしっかり理解把握することが目標である。
[Ｒ０７０４　仏教文学概論]
今昔物語について
『今昔物語集』は全３１巻、１千話を越える説話を収める大説話集である。しかし、撰者、成立時期が共に不明確で、その像は未だに謎に包まれている。
まず撰者については、今昔物語集の撰者は一人なのかそれとも複数なのかという点すらわかっていない。しかしながら、その膨大な説話の量を考えれば、撰者が一人であるとしてもその助手のような存在はいたであろうと推測される。
具体的には、鈴鹿本とよばれる古写本が奈良で入手されたこと、興福寺関係の記事が多いことから南都で作られたという説があるが、この中にも
東大寺関係者説
興福寺関係社説　
の二説があるが、南都関係の記事に誤りが多いことから、興福寺関係者説を疑問視する声がある。
　　冒頭で、今昔物語集は、全３１巻であるとしたが、８・１８・２１巻は欠巻があり、欠字も多い。鈴鹿本が相当痛んでいるという物理的な理由による欠字や、具体的な人名や地名は後で補填しようとしたとも考えられるが、動詞などにも欠字があり、何らかの理由で意図的に欠字となっていると考えられるも..]]></description>

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