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		<title>タグ“モダニズム”の公開資料</title>
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		<description>タグ“モダニズム”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[R8103　日本文学史　レポート（合格済み）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/96696/]]></link>
			<author><![CDATA[ by BBQ-Chicken]]></author>
			<category><![CDATA[BBQ-Chickenの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 06 Sep 2012 00:27:52 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/96696/" target="_blank"><img src="/docs/948746779245@hc12/96696/thmb.jpg?s=s&r=1346858872&t=n" border="0"></a><br /><br />設題：明治、大正、昭和の文学の特質を、それぞれの時代の特性をふまえつつ、下記の各文学思潮を例にして具体的に説明せよ。〈写実主義・擬古典主義・浪漫主義・自然主義・余裕派（高踏派）・耽美派・白樺派・新思潮派・プロレタリア文学・モダニズムの文学〉[360]<br />明治、大正、昭和の文学の特質を、それぞれの時代の特性をふまえつつ、下記の各文学思潮を例にして具体的に説明せよ。〈写実主義・擬古典主義・浪漫主義・自然主義・余裕派（高踏派）・耽美派・白樺派・新思潮派・プロレタリア文学・モダニズムの文学〉
明治時代に入って以降、西洋文明が入ってきたので、西洋の思想・文学の翻訳と紹介を中心とする啓蒙時代が始まった。明六社は、啓蒙思想をもとに、明治の社会においての実利主義的主張をした。この主張が受け入れられ、福澤諭吉『学問のすゝめ』、中村正直訳『西国立志編』、中江兆民訳『民約訳解』などがよく読まれた。文芸創作に関しては、明治に入ってしばらくは江戸時代と同様の文芸活動が続いていた。
国会開設や、自由党、改進党の結成など、自由民権運動の高まりとともに明治10年代から政治小説が書かれるようになった。政治的な思想の主張・扇動・宣伝することを目的としているが、矢野竜渓の『経国美談』（1884年）、東海散士の『佳人之奇遇』（1885年）といった作品は、壮大な展開を持った構成に、多くの読者が惹きつけられた。坪内逍遥の『小説神髄』発表後は、その主張を受けて写実主義的要素が濃く..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【A判定】大衆文学の成立――アメリカ文学を傍らに――]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953822755134@hc11/81433/]]></link>
			<author><![CDATA[ by moaziakwoa]]></author>
			<category><![CDATA[moaziakwoaの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 17 May 2011 18:14:03 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/953822755134@hc11/81433/" target="_blank"><img src="/docs/953822755134@hc11/81433/thmb.jpg?s=s&r=1305623643&t=n" border="0"></a><br /><br />日本の現代文学は一九二〇年代前後、とりわけ関東大震災を契機に「第二の欧化の波」とロシア革命後のマルクス主義思想という二つの思想体系により大きく弾みをつけられたが、ともに流入してきた大量消費という、自由主義における記号に埋まっていったような感[360]<br />「大衆文学の成立――アメリカ文学を傍らに――」
日本の現代文学は一九二〇年代前後、とりわけ関東大震災を契機に「第二の欧化の波」
とロシア革命後のマルクス主義思想という二つの思想体系により大きく弾みをつけられた
が、ともに流入してきた大量消費という、自由主義における記号に埋まっていったような
感がある。そこで、日本より一足早くに生活の大衆化を果たしたアメリカの、その文学と
社会との関係推移を日本の大衆文学の成立過程と同じ秤に乗せ、それぞれを異とする要素
を見出そうと試みる。なお、アメリカ文学と日本の大衆文学を同等のモダニズム文学として
取り扱うにあたり、着眼点が戦時下という時代背景に置かれることを先に述べておく。
　日本のモダニズム文学を語る時、それは自由主義的な経済活動と切り離すことができな
い。大量消費を目的として世に送り出された通俗小説と講談小説のうち、通俗小説は谷崎
潤一郎の『痴人の愛』によってモダニズムの道を開拓したと見てよい。（１）また、双方の
性格として包含している口当たりのよさ、軽さの根拠もここにある。
明治後期から文壇に籍を置いていた自然主義文学に対抗するように登場した..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[モダンアート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953905014038@hc11/78984/]]></link>
			<author><![CDATA[ by alen]]></author>
			<category><![CDATA[alenの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Feb 2011 21:53:11 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953905014038@hc11/78984/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/953905014038@hc11/78984/" target="_blank"><img src="/docs/953905014038@hc11/78984/thmb.jpg?s=s&r=1297428791&t=n" border="0"></a><br /><br />マネ、デュシャン、ウォーホルを取り上げ、モダンアートの動きについてまとめました。[120]<br />「芸術作品」から、幅広い意味で「アート」と呼ばれるようになった過程はどういったものだったのか。モダンアートの流れを、スキャンダルという視点から見ていきたいと思います。マネ、デュシャン、アンディ・ウォーホルの順に見ていきます。
まず、モダンとはどんな時代だったのでしょうか。モダンは日本語では「近代」と訳されています。だいたい１８世紀、１９世紀で、日本でいうと明治時代や大正時代にあたります。一般的にアーチの世界では、１８６０年代から１９６０年代頃までをモダンアートと考えるのが主流です。それまでは、王や貴族の影響力が強く、芸術も彼らに庇護されていましたが、モダンの時代になると、様々な革命により、選挙などが行われるようになったこともあり、市民の意見がより尊重されるようになってきます。人々の生活は変化していきます。町には工場が立ち並び、大量生産が可能になります。また、飛行機や電車、大型船などが登場します。それにより、物流も盛んになり、至るところで大量生産された商品が並ぶようになります。家庭においても変化が見えるようになります。つまり、生活に結びつく便利な機械――例えば、カメラ、冷蔵庫、車、ラジオ..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[モダニズム建築とは]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963236992865@hc08/19090/]]></link>
			<author><![CDATA[ by susie]]></author>
			<category><![CDATA[susieの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 02 Feb 2008 21:48:17 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963236992865@hc08/19090/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963236992865@hc08/19090/" target="_blank"><img src="/docs/963236992865@hc08/19090/thmb.jpg?s=s&r=1201956497&t=n" border="0"></a><br /><br />モダニズム建築とは何か
　
モダニズム建築とは何か。これを語る上で、これまでの西洋建築なくしては語れない。時代の流れ・移り変わりとともに建築は変化してきた。特に建築は、その時代の社会性に強く影響されている。社会があって建築があるといっても過[356]<br />モダニズム建築とは何か
　
モダニズム建築とは何か。これを語る上で、これまでの西洋建築なくしては語れない。時代の流れ・移り変わりとともに建築は変化してきた。特に建築は、その時代の社会性に強く影響されている。社会があって建築があるといっても過言ではない。これらを踏まえてまず「モダニズム」について考えていきたい。
　「モダニズム」の原義は現代主義・近代主義といったような意味がある。建築の世界では「新開拓者」といった意味がある。この「新開拓者」が指すものは合理主義という言葉が当てはまる。モダニズム建築は「合理性」を追求したところに特徴があるのだ。なぜ合理性を追求したのか。時代の流れを見ながら考えてい..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[    近代主義の果たした役割と、その限界について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429737201@hc06/10477/]]></link>
			<author><![CDATA[ by orange25]]></author>
			<category><![CDATA[orange25の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 14 Aug 2006 11:17:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429737201@hc06/10477/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429737201@hc06/10477/" target="_blank"><img src="/docs/983429737201@hc06/10477/thmb.jpg?s=s&r=1155521841&t=n" border="0"></a><br /><br />近代主義の果たした役割と、その限界について
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　近代化の開始は14世紀から16世紀にかけてのルネッサンスと宗教改革、15世紀の「地理上の発見」に求められている。そして17世紀から18世紀にかけての市民革命へと近代社会が本格化し、18[328]<br />近代主義の果たした役割と、その限界について
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　近代化の開始は14世紀から16世紀にかけてのルネッサンスと宗教改革、15世紀の「地理上の発見」に求められている。そして17世紀から18世紀にかけての市民革命へと近代社会が本格化し、18世紀イギリスの産業革命から19世紀のヨーロッパ大陸へと波及していく。
　近代以前は、王族や貴族といった封建特権を持つ人々が支配層を占めていた階層社会で、経済的には、そうした階層社会を維持するために、王が身分に応じて富を再配分するというシステムであった。それに対して、近代社会は、はじめて政治的に、市民の人間としての自由を確保しようとした社会である。また経済的には、家柄とか身分を無視して公正なルールに従って競争を行い、その結果として富を配分する、というシステムを作り出した。近代以前の不平等の最大の原因は封建特権だったので、このシステムは人間の不平等をなくすための決定的なプランだと考えられた。
また、近代は「科学の時代」である。この時代には、科学が目覚しく発達し、機械化・工業化・医学の進歩など生活が一気に豊かになった。そのまま科学的態度に基づいた合理主義を押し..]]></description>

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			<title><![CDATA[ジェームスジョイス　EVELINEを読んで]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432274701@hc05/1336/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yummy7272003]]></author>
			<category><![CDATA[yummy7272003の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 22 Jul 2005 11:58:59 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432274701@hc05/1336/" target="_blank"><img src="/docs/983432274701@hc05/1336/thmb.jpg?s=s&r=1122001139&t=n" border="0"></a><br /><br />この作品は、『DUBLINERS』という題名に思いが込められているように、アイルランドのダブリンのことが主として書かれている。『ダブリン市民』について、「わたしの意図は、わたしの国のモラル・ヒストリイの一章を書くことでした。その舞台にダブリ[342]<br />EVELINEを読んで
　この作品は、『DUBLINERS』という題名に思いが込められているように、アイルランドのダブリンのことが主として書かれている。『ダブリン市民』について、「わたしの意図は、わたしの国のモラル・ヒストリイの一章を書くことでした。その舞台にダブリンを選んだのは、その都市は麻痺(ﾊﾟﾗﾘｼｽ)の中心だと思われたからです。」（桶谷秀昭『ジェイムズ・ジョイス』紀伊国屋書店．1994年．ｐ.118）とジョイスが言っているように、否定態として存在しているアイルランドの「モラル・ヒストリイ」は、ジョイスにとって、精神的「麻痺」と同義であり、その「麻痺」を見つめることにより感じたものを、この作品の主題にしたのではないだろうかと思う。また、彼自身の生い立ちで実際に起こったことに類似した自伝的内容もたびたび登場し、この『EVELINE』にも同じことがいえる。
　1904年に「自発的亡命」をしたジョイスは、その後もずっとアイルランドをひきずっていた。頑なにアイルランドの現実に固執してやまなかったのだ。『EVELINE』の主要な内容は、自分の慣れ親しんだhome, houseから出たいが..]]></description>

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