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		<title>タグ“マルクス”の公開資料</title>
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		<description>タグ“マルクス”の公開資料</description>
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		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
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		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学　Q5509　国際政治学概論　第1設題　リポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/929308359985@hc18/141030/]]></link>
			<author><![CDATA[ by のちちを]]></author>
			<category><![CDATA[のちちをの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 27 Jun 2020 10:13:20 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/929308359985@hc18/141030/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/929308359985@hc18/141030/" target="_blank"><img src="/docs/929308359985@hc18/141030/thmb.jpg?s=s&r=1593220400&t=n" border="0"></a><br /><br />☆2023年度も「参考になった」とのお声を複数寄せていただきました☆
2020年度佛教大学通信教育課程合格リポートです。
科目コードが違っていても設題が同じであればお役に立てると思います。あくまで参考程度になされますようお願い致します。[336]<br />国際政治学の理論（リアリズム・リベラリズム・マルクス主義・コンストラクティヴィズム）について説明しなさい。

リアリズム
リアリズムは古代ギリシアのトゥキディデス、中世イタリアのマキャヴェリに始まり、戦間期のイギリスのカー、戦後のアメリカのモーゲンソーらによって国際政治理論における支配的潮流となった考え方である。
リアリズムでは国際政治における主体を国家としている。国際連合をはじめとした国際組織等を運営するのは所属する諸国家であるためである。
国家は国際政治において、他国よりも大きな物質的な利益等の国益を追求する。そして国家はその手段として軍事力をはじめとしたパワーを行使する。相手国より強大なパワーで以って国益を勝ち取るのである。
しかし、国家内と違って国際政治には諸国家を統治する政府や治安組織、裁判所がなく、したがって国家間で発生したトラブルは当事者間で解決するほかない。国際関係は常に国益を巡る闘争状態、いわゆる無政府状態であるといえる。
無政府状態では国家の自衛すなわち安全保障も不可欠である。安全保障のためにも国家のパワーの拡充が必要になってくる。国益追求の手段としてのパワーであっ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[共産主義における私有財産の廃止]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431505701@hc05/88886/]]></link>
			<author><![CDATA[ by komasen333]]></author>
			<category><![CDATA[komasen333の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 13 Dec 2011 14:49:35 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431505701@hc05/88886/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431505701@hc05/88886/" target="_blank"><img src="/docs/983431505701@hc05/88886/thmb.jpg?s=s&r=1323755375&t=n" border="0"></a><br /><br />マルクス・エンゲルスの『共産党宣言』に書かれている私有財産の廃止。
それに関する疑問点などを述べたレポート。[161]<br />「 共産主義における私有財産の廃止 」
東西冷戦終結により、東側陣営の掲げていた「共産主義・社会主義」は極端に言えばもはや敗北した理論とみなされるようになり、世界において「民主主義」は絶対的な地位を占めるに至った。私自身、各個人に平等な権利を明確に保障する民主主義の理念は、紛れもなくすばらしいと思う。しかし、ここ数年「リベラルデモクラシー」を代表するアメリカが、イラク戦争を契機に中東諸国に「民主化ドミノ」という強引な形で民主主義を押しつけようとする姿勢を強めていることに違和感を覚えていた。それと同時に、現在も共産主義・社会主義、王政、独裁などという日本人である私からは旧態依然とした体制に映る政治体制にある国家について考えてみることが多くなった。現在も民主化していない国家も、遅かれ早かれ将来的には民主化の道を辿るのは間違いないだろう。やがて地球上から共産主義・社会主義国家がなくなる時代が来るのかもしれない。確かに歴史の過程を見ても明らかなように、民主主義と比べた共産主義・社会主義は非常に後進的に見える。しかし、どんなに後進的な理論や体制でも、全てが悪いとは一概に言い切れないのではないだろ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中央大学法学部通信教育課程　2019年　英語C A評価 第１課題　第２課題セット]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930129924854@hc18/137947/]]></link>
			<author><![CDATA[ by C'sf*ckin'idiot]]></author>
			<category><![CDATA[C'sf*ckin'idiotの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 09 Jul 2019 11:35:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930129924854@hc18/137947/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930129924854@hc18/137947/" target="_blank"><img src="/docs/930129924854@hc18/137947/thmb.jpg?s=s&r=1562639723&t=n" border="0"></a><br /><br />2019年度、中央大学法学部通信教育課程の英語Cの第1課題 及び第２課題です。A評価でした。[122]<br />(1) 1776年1月10日、ある英国人男性によって書かれた、47ページの冊子である『コモン・センス』は、価格2シリングで世に現れた。3ヶ月間に12万部が購入され、総売上高は50万部に上り、これは今日の米国の人口に比例すれば3千万部の売り上げに相当する。事実上、13の地域に属す、識字能力を有するあらゆる人がこれを読んだことになる。しかし、この膨大な販売数にもかかわらず、ペインはその印税を放棄することに決めた。
即座に衝撃を与えたという点において、文学史上『コモン・センス』は他に類を見ない。これは、米国の入植者たちへの妥協なく、迷いなく己の独立のために戦うことの明確な呼びかけであった。革命は、グレートブリテンそしてジョージ３世と入植者たちの争いの唯一の解決法として、彼らに指し示された。
(2) これを基準として用い、はじめに『政治経済学批判』の中で、そしてこれを改定する形でのちに『資本論』において、マルクスは彼の『剰余価値』の理論を発展させた。資本の不足した労働者が商品として有しているのは、彼自身の労働力だけであり、飢えを避けるためにはそれを売る必要がある。既存の経済システムを考慮すると..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国士舘大学 倫理学概論（後期）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960471950769@hc08/66828/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kino77happy]]></author>
			<category><![CDATA[kino77happyの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 10 May 2010 22:15:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960471950769@hc08/66828/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960471950769@hc08/66828/" target="_blank"><img src="/docs/960471950769@hc08/66828/thmb.jpg?s=s&r=1273497318&t=n" border="0"></a><br /><br />倫理学概論（後期）
イギリス経験論
ヒューム
人間は、社会的存在であり、社会的共存である。
人間の知覚は印象と観念の二つに分けられる。印象と観念には、それぞれ単純と複雑があり、全ての単純な観念は単純な印象から生まれるとした。
人間の本性は、感情であり、理性は、第二義てきなものであるとした。
感情には個人的なもの、社会的なものがあり、社会的な生活の中で、共感を得ることができるとした。
共感は、社会的利益と効用であり、道徳的判断、善悪に関わるものとした。
社会契約は強制力と統制力があるとした。
アダム・スミス
人間には利他心、利己心かあると考えた。人間は他人の視線を意識し、同感したり、同感を得られたりするよう行動するとした。同感という同類感情を基にし、他人である第三者を観察者とみなし、自分を行為者とみなして自己規制をかけるとした。社会的統合にも繋がり、自己規制は、神の見えざる手によるものであるとした。それにより、重商主義を批判した。
啓蒙主義
ルソー
独学で自分の思想を確立し、カトリックへの現実批判をした。
「自然に帰れ」という言葉を残し、自然状態というのは、自然権があることだとした。自然..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[レポート：『資本論』を読み解く――マルクス『資本論』における（労働）価値説]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956912323808@hc10/63609/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 東大生KOHKI]]></author>
			<category><![CDATA[東大生KOHKIの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 05 Feb 2010 13:39:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956912323808@hc10/63609/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956912323808@hc10/63609/" target="_blank"><img src="/docs/956912323808@hc10/63609/thmb.jpg?s=s&r=1265344781&t=n" border="0"></a><br /><br />昨今，新古典派経済学的資本主義が綻びをみせる中，マルクス経済学への関心が再び高まり，『資本論』に関心をもつ者は日に増して増えている。しかしながら，その難解さから実際に読むということが敬遠され，『資本論』について誤った俗説が人口に膾炙してしま[360]<br />『資本論』を読み解く――マルクス『資本論』における（労働）価値説 
１．はじめに 
昨今，新古典派経済学的資本主義が綻びをみせる中，マルクス経済学への関
心が再び高まり，『資本論』に関心をもつ者は日に増して増えている。しかしな
がら，その難解さから実際に読むということが敬遠され，『資本論』について誤
った俗説が人口に膾炙してしまっているのは，見るに耐えない状況である。そ
こで，ここでは一先ず『資本論』の大前提となっているということができる『資
本論』における価値説について簡潔にまとめ，その考察をしようと思う。 
もっとも，現代では経済学界において労働価値説を理論の核とする学者はい
まや少数派となり，限界効用理論が主流派を占めているのは周知の通りである。
しかし，『資本論』を理解するに当たってはそこで展開されている価値説を理解
することが何よりも肝要であり，理解が不十分であれば『資本論』を大きく読
み誤る可能性がきわめて高い。 
２．３つの価値 
マルクスによれば，商品に含まれている価値は次の３つに分類されるという。 
⑴ 使用価値 
⑵ 交換価値 
⑶ 価値 
以下，それぞれについて検..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[経済学Ⅰ　第2分冊]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962350986988@hc08/51681/]]></link>
			<author><![CDATA[ by anthem]]></author>
			<category><![CDATA[anthemの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 28 Jun 2009 00:40:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962350986988@hc08/51681/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/962350986988@hc08/51681/" target="_blank"><img src="/docs/962350986988@hc08/51681/thmb.jpg?s=s&r=1246117210&t=n" border="0"></a><br /><br />経済学Ⅰ　第二分冊　略題（剰余価値と資本の蓄積）
剰余価値の生産について述べた上で資本蓄積の過程およびその帰結について論ぜよ
※注）貨幣資本への転化を考慮しつつ、マルクスの価値論を理解した上で課題に取り組む事
------------[324]<br />経済学Ⅰ　第二分冊　略題（剰余価値と資本の蓄積）
剰余価値の生産について述べた上で資本蓄積の過程およびその帰結について論ぜよ
※注）貨幣資本への転化を考慮しつつ、マルクスの価値論を理解した上で課題に取り組む事
--------------------------------------------------
剰余価値の生産について、まず剰余価値とはマルクス経済学の基本概念のひとつである。資本の一般的定式である「貨幣G-商品W-貨幣G&acute;（G+&Delta;G）」における「&Delta;G」を指す。労働とは、必要労働だけでなく剰余労働からなり、この剰余労働によって生み出される。生活に必要な労働を超えた剰余労働が対象化された価値となる。
こうした剰余労働からなる剰余価値は、労働力がその使用価値自体が価値を生み出す独特な性質を持つ商品であり、労働者の肉体から生み出されるのである。労働力商品の価値額はその再生産に必要となる労働時間によって規定される。しかし資本の生産過程において実際に支出された労働量が商品に対象化されたものとしての価値量は労働力商品の価値量を超過することになる。
さてこの剰余価値&Delta;Gは、労働者が自己の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[共産主義とは]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963688123233@hc07/15932/]]></link>
			<author><![CDATA[ by スヌーピー]]></author>
			<category><![CDATA[スヌーピーの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 14 Dec 2007 10:39:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963688123233@hc07/15932/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963688123233@hc07/15932/" target="_blank"><img src="/docs/963688123233@hc07/15932/thmb.jpg?s=s&r=1197596399&t=n" border="0"></a><br /><br />共産主義とは
共産主義（きょうさんしゅぎ）は、
生産手段を私有から社会所有化することによって、貧富差のない平等な社会の成立を目指す社会理論および政治運動、イデオロギーを意味する。英語の communism はラテン語の communis（共[316]<br />共産主義とは
共産主義（きょうさんしゅぎ）は、
生産手段を私有から社会所有化することによって、貧富差..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『蟹工船』による昭和の日本資本主義構造の検証]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430775401@hc06/11693/]]></link>
			<author><![CDATA[ by えっこ]]></author>
			<category><![CDATA[えっこの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 25 Nov 2006 04:52:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430775401@hc06/11693/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430775401@hc06/11693/" target="_blank"><img src="/docs/983430775401@hc06/11693/thmb.jpg?s=s&r=1164397956&t=n" border="0"></a><br /><br />『蟹工船』による昭和の日本資本主義構造の検証
　日本資本主義論争とは、革命を目指すマルクス主義者達による、当時の日本の資本主義の状況の把握に関する論争であったといえる。現在日本社会はまだ封建的な要素を持っているから、二段階の革命が必要である[358]<br />『蟹工船』による昭和の日本資本主義構造の検証
　日本資本主義論争とは、革命を目指すマルクス主義者達による、当時の日本の資本主義の状況の把握に関する論争であったといえる。現在日本社会はまだ封建的な要素を持っているから、二段階の革命が必要であると主張した共産党系の講座派と、日本はすでに契約関係の資本主義社会を確立していると主張した非共産党系の労農派が論争を展開した。では、今日から見たとき、当時の日本社会をどのように解釈することが妥当なのだろうか。今回は小林多喜二の『蟹工船』をその参考資料とし、考察してみることにする。
　はじめに、『蟹工船』に見られる資本家と労働者の関係を確認しておくことにする。『蟹工船』の舞台では、いうまでもなく資本家が労働者に対して圧倒的な力を持っていて、「監督」はそれこそ、労働者から搾り取れるだけ搾り取ろうとする。農村でこそないが、生活に窮した貧民達はこのような船に乗ることを余儀なくされ、また陸から隔離されることによって、逃げ出すこともできない。これは正しく土地にしばりつけられる小作人と同じ状況である。もっとも注意しておくべきは、『蟹工船』に描かれているのはあくまで当..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[思想のあり方について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432221401@hc05/6852/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mai24th]]></author>
			<category><![CDATA[mai24thの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 16:53:20 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432221401@hc05/6852/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432221401@hc05/6852/" target="_blank"><img src="/docs/983432221401@hc05/6852/thmb.jpg?s=s&r=1139990000&t=n" border="0"></a><br /><br />イメージ：環境から急激なショックを受けないためにつくる潤滑油ある程度持続的期待と予測のもとになるもの（人はイメージを頼りに思考・行動する）イメージと本物の食い違いが大きくなったら修正して環境に適応
　イメージをもち、予測、期待するには、何[356]<br />　　　　　　　　　　　　　イメージ：環境から急激なショックを受けないためにつくる潤滑油
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ある程度持続的
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　期待と予測のもとになるもの（人はイメージを頼りに思考・行動する）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　イメージと本物の食い違いが大きくなったら修正して環境に適応
　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　
イメージをもち、予測、期待するには、何らかの材料が必要であると思う。マスコミからの情報
が主だろうか。イメージと現実とのギャップを見つけたとき、なぜ喜びににた感覚を覚えるのだろうか。イメージばかりが肥大するなかで、なにから実感を得たらよいのかわからなくなるのでは。
マルクスの例から&hellip;
自分の考えを正確に伝えるのは非常に困難
自分についてのイメージに逆に自分があわせて自己疎外がおこる。自分をわからなくさせている原因だろうか。自分と自分のイメージは違うもの（一人歩きしてたら？）
これを踏まえ、自分の例から&hellip;皆さんが持っていたイメージ
・こけし（じっとものをいわず見つめている感じ）　・控えめ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[マルクスの価値形態論と貨幣の諸機能について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430776801@hc06/6743/]]></link>
			<author><![CDATA[ by e09012004]]></author>
			<category><![CDATA[e09012004の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 14 Feb 2006 12:56:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430776801@hc06/6743/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430776801@hc06/6743/" target="_blank"><img src="/docs/983430776801@hc06/6743/thmb.jpg?s=s&r=1139889400&t=n" border="0"></a><br /><br />　商品の価値というのは、その商品の孤立した存在では認識できないものであり、あるものの使用価値である物理的な属性しか表現されないため、その価値と価値の大きさはそこでは確かめようがない。商品がその価値と価値の大きさを表現できるのは、他のある商品[360]<br />　マルクスの価値形態論と貨幣の諸機能について述べる。
　商品の価値というのは、その商品の孤立した存在では認識できないものであり、あるものの使用価値である物理的な属性しか表現されないため、その価値と価値の大きさはそこでは確かめようがない。商品がその価値と価値の大きさを表現できるのは、他のある商品との交換関係時においてのみである。そしてこの商品の社会的な価値表現の在り方、つまり、価値の社会的形態が価格の秘密となるのである。
　商品の交換関係の根底にある価値は、貨幣の発生と本質を把握することで価格という現象形態をとっており、これは四つの価値表現に展開することができる。まず一つ目は簡単な価値形態というもので、これはｘ量の商品Ａとｙ量の商品Ｂは等しいというように表現できる。この場合、商品Ａは交換相手によって価値を表現される相対的価値形態にあり、対する商品Ｂは価値と等しい等価形態にあって、結果、商品Ｂの使用価値は商品Ａの価値そのもののように現されることになる。二つ目は、展開された価値形態というもので、例えばｘ量の商品Ａは、ｙ量の商品Ｂまたはｚ量の商品Ｃまたはａ量の商品Ｄなどと等しいといったように、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[経済学の発生から古典派経済学の解体に至るまでについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430776801@hc06/6741/]]></link>
			<author><![CDATA[ by e09012004]]></author>
			<category><![CDATA[e09012004の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 14 Feb 2006 12:46:14 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430776801@hc06/6741/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430776801@hc06/6741/" target="_blank"><img src="/docs/983430776801@hc06/6741/thmb.jpg?s=s&r=1139888774&t=n" border="0"></a><br /><br />　１７世紀の前半のイギリスでは、金銀が外国に流出したため通貨が不足し、それが国内不況の原因であると考えられていた。金銀流出の原因として為替レートの過小と東インド会社を問題にしたマリーンズに対し、マンは外国為替が貿易差額を決定するのではなく、[360]<br />　経済学の発生から古典派経済学の解体に至るまでについて述べる。
１７世紀の前半のイギリスでは、金銀が外国に流出したため通貨が不足し、それが国内不況の原因であると考えられていた。金銀流出の原因として為替レートの過小と東インド会社を問題にしたマリーンズに対し、マンは外国為替が貿易差額を決定するのではなく、財に対する国際市場での需要と供給が貿易差額を決定すると反論し、当時の支配的資本の形態であった商人資本の立場を擁護した。そして、貿易差額を黒字にする方法として、外国品の消費の抑制、製造品の輸出税の軽減などの方策を示した。こうした認識は、国家主権を超越した経済法則の存在をマンが想定していたことを意味するものであった。初期重商主義は、貨幣を国富と考え、国内における貨幣を増大させることを政策目標としており、貨幣数量説の認識を示していた。
　後期重商主義を代表するスチュアートの「経済学原理」は、後にスミスが「諸国民の富」において批判の対象としたものであり、「原理」の対象が本源的蓄積の途上にある経済であったのに対して、「諸国民の富」は、既に本源的蓄積が終了した段階を対象としていた。
フランス重農主義は..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[マルクス＝レーニン主義について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431164401@hc06/5071/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 817xyz]]></author>
			<category><![CDATA[817xyzの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 13 Jan 2006 00:38:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431164401@hc06/5071/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431164401@hc06/5071/" target="_blank"><img src="/docs/983431164401@hc06/5071/thmb.jpg?s=s&r=1137080314&t=n" border="0"></a><br /><br />　マルクス＝レーニン主義が共産主義といわれていますが、はじめから共産主義だったわけではなく、市民的自由主義から急進的な民主主義観に至り、それをしだいに共産主義に移行していったのです。共産主義に到達するまで、根本問題となっていた普遍的、人間的[360]<br />設問１、マルクス＝レーニン主義について
　マルクス＝レーニン主義が共産主義といわれていますが、はじめから共産主義だったわけではなく、市民的自由主義から急進的な民主主義観に至り、それをしだいに共産主義に移行していったのです。共産主義に到達するまで、根本問題となっていた普遍的、人間的解放の問題を解くために政治的、社会的側面から把握し、ヘーゲル法哲学批判からこの問題の取り組みを始めました。ただ、ヘーゲル法哲学批判ではまだ共産主義に到達しておらず、ようやく、人間は社会が共同的本質を本質とすることによって解放されるはずである急進的な民主主義観に到達したばかりなのです。そして、急進的な民主主義観から共産主義に移行が完成したのは、２つの論文「ユダヤ人問題によせて」と「ヘーゲル法哲学批判」の両方で完成した。
１（第１の論文「ユダヤ人によせて」にさしあたってマルクスは人々を孤立的、利己主義的諸個人に変え、また人々が幻想的な方法だけで共同的な生活をいとなむ国家に、かれらの本質、共同的本質を外化するように人々を陥れる私的所有によって、社会と国家との間の矛盾がどのように条件づけられているかを明らかにし、それゆ..]]></description>

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