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		<title>タグ“マスメディア”の公開資料</title>
		<link>https://www.happycampus.co.jp/public/tags/%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2/</link>
		<description>タグ“マスメディア”の公開資料</description>
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		<docs>https://www.happycampus.co.jp</docs>
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		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[マスメディアの社会的役割について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432148601@hc05/126403/]]></link>
			<author><![CDATA[ by glorydays]]></author>
			<category><![CDATA[glorydaysの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 20 Sep 2016 02:27:31 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432148601@hc05/126403/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432148601@hc05/126403/" target="_blank"><img src="/docs/983432148601@hc05/126403/thmb.jpg?s=s&r=1474306051&t=n" border="0"></a><br /><br />課題は【マスメディアの社会的役割について、事例を挙げて述べよ】でした。
実際の講義内容を踏まえた上で自己の見解をまとめているので、特定の参考文献は使用していません。[244]<br />政治資金の使い方が不適切であったと指摘を受けて、前の東京都知事が辞任した。テレビや新聞では連日、政治資金の使い道に関する報道やその他の公務に対する問題点を批難する報道が続けられた。やがて報道の中心になったのは、どのタイミングで知事を辞職するのか、また辞職を否定する知事の姿勢を批難することであった。こうした報道が続けられたことで、東京都の有権者たちは「知事は辞職するしかない」と考えるようになっていった。（都知事の議会での答弁や記者会見での態度が適切ではなかったことを指摘する声もあるが、それはマスメディアの報道とは別の問題である。）
一連の報道から考えられることは、マスメディアの中では、政治資金の使い方が不適切であると指摘があった時点で結論を出していたのではないだろうか。つまり、政治資金の使い方は不適切である、加えて都知事は辞職しなければならない、この二点を政治資金の使い方に関して事実関係を調査することもなく、結論ありきで報道していたのである。この報じ方は、マスメディアの機能の一つである「事実の意味と意義を説明すること」を行っておらず、「都知事は不正を行っており、都知事としての適性を欠く。..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[T0715　情報ビジネス　Ａ判定]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956905632225@hc10/103267/]]></link>
			<author><![CDATA[ by vissel]]></author>
			<category><![CDATA[visselの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 08 May 2013 11:10:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956905632225@hc10/103267/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956905632225@hc10/103267/" target="_blank"><img src="/docs/956905632225@hc10/103267/thmb.jpg?s=s&r=1367979021&t=n" border="0"></a><br /><br />近年メディア産業はパソコンや携帯電話等を通して利用するインターネットの普及によって状況が大きく変容してきている。そこで今回は数あるマスメディアの中から、歴史が古く現在においても国民の情報収集手段として広く用いられている新聞に焦点を当て論じて[360]<br />「マスメディアの中から一つだけを選択し、その産業の歴史的な変容や文化への影響、今後の可能性、そして課題について、具体的な事例をあげながら私見を記せ。」
序
　近年メディア産業はパソコンや携帯電話等を通して利用するインターネットの普及によって状況が大きく変容してきている。そこで今回は数あるマスメディアの中から、歴史が古く現在においても国民の情報収集手段として広く用いられている新聞に焦点を当て論じていきたいと思う。
1章：新聞の始まり
　新聞の定義として、内容において社会の出来事について事実や解説を広く伝え、形態においては定期的に刊行され製本されていない媒体といえる(1)。
　そうした定義の基、1605年に世界初の新聞として創刊されたのがヨハン・カルロスによる「Relation」が発行されたことに始まり、16世紀にはヨーロッパにおいて社会の出来事を記述したパンフレットやビラといった形式の印刷物が生まれ、17世紀には定期的にニュース本が出版されるようになったのである。このようなニュースなどの出版が発展し、日刊新聞なども出版され労働者階級にも低価格で販売される様になったのである。つまり現在のよ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「喫煙率、受動喫煙などに関する記事の比較と考察」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952685520533@hc11/91967/]]></link>
			<author><![CDATA[ by togo92]]></author>
			<category><![CDATA[togo92の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 30 Mar 2012 11:34:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952685520533@hc11/91967/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952685520533@hc11/91967/" target="_blank"><img src="/docs/952685520533@hc11/91967/thmb.jpg?s=s&r=1333074895&t=n" border="0"></a><br /><br />喫煙問題に関する複数のマスメディア（朝日新聞、日経新聞）の記事の比較、分析[111]<br />「喫煙率、受動喫煙などに関する記事の比較と考察」
概要
　テーマ「報道の比較」
　朝日新聞と日本経済新聞、２０１２年２月１日付の朝刊における、喫煙率の変動、および受動喫煙の防止に関する諸問題についての記事の比較、分析を行った。その結果、文字数などの情報量、内容、伝え方などの比較によって、同じ題材であっても新聞によって問題の重要性の認識、重要と考える点、読者の受ける印象などに差異があり、受け手は必要とする情報に応じて新聞の性格を理解することや、読む新聞の数を意識することが重要ということが明らかになった。
　今回のレポートのテーマは「報道の比較」である。題材とした記事は、朝日新聞、日本経済新聞の喫煙率の変動、及び受動喫煙の防止に関する政府の政策に関するものである。このレポートにおいては両紙のこの記事について、中心的に記述している内容、伝え方、文字数などの情報量、読者が持つであろう印象などを比較して分析し、考察の結果明らかになったことを示す。
　まず題材とした記事の内容について、共通する記述を元に概要をまとめた。一つ目が、喫煙率の変動である。喫煙率が2割を切ったことや、禁煙を考えている人、希..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[メディアの監視機能]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961728219243@hc08/61632/]]></link>
			<author><![CDATA[ by chiro_nora]]></author>
			<category><![CDATA[chiro_noraの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 09 Jan 2010 14:19:11 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961728219243@hc08/61632/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961728219243@hc08/61632/" target="_blank"><img src="/docs/961728219243@hc08/61632/thmb.jpg?s=s&r=1263014351&t=n" border="0"></a><br /><br />メディアの監視機能について
　メディアは国民の知る権利に奉仕する一方で、事件が起こればそれに対して警鐘を鳴らすという公権力への監視機能を果たす。このことは、広く国民の権利・生活を擁護し社会をただすという側面をもつだけでなく、そのことによって不当な差別をなくす面を併せ持つ。ジャーナリズムが真摯にその使命を達成しようとすると、多数派権力と衝突することもある。それでもあえて本来の役割を貫く覚悟がメディアには求められている。
　しかし最近のメディアがその役割を果たしているとは考えにくい。なぜならメディアは多数派権力及び大企業と相互依存関係を持っているからだ。
例えば､小泉政権時に北朝鮮を訪問し共同宣言..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[少年犯罪について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431559701@hc05/50454/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ミューズ大好き]]></author>
			<category><![CDATA[ミューズ大好きの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 02 Jun 2009 08:13:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431559701@hc05/50454/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431559701@hc05/50454/" target="_blank"><img src="/docs/983431559701@hc05/50454/thmb.jpg?s=s&r=1243897988&t=n" border="0"></a><br /><br />今日の日本社会において「少年犯罪」は、年々増加傾向にある。事実、テレビなどのマスメディアを通して、少年少女による事件を耳にすることは珍しくない。 2002（平成14）年の上半期（1月～6月）に刑法犯として逮捕や書類送検された少女（14歳以上[338]<br />　　少年犯罪について 今日の日本社会において「少年犯罪」は、年々増加傾向にある。事実、テレビなどのマスメディアを通して、少年少女による事件を耳にすることは珍しくない。 2002（平成14）年の上半期（1月～6月）に刑法犯として逮捕や書類送検された少女（14歳以上20歳未満）は、2年連続で増えている。また、刑法犯の4割を少年が占め、人口千人あたりの刑法犯の数は、少年が7、7、成人は0、9人で、少年は成人の8、6倍にもなる。 少年犯罪における、その内容を見てみると、ひったくりや強盗、傷害、恐喝、殺人、放火などが挙げられる。今日では、覚醒剤の使用・所持の犯罪が多く見られる。これは、若者が集まりやすい..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[民主主義の歴史と現在～公共放送の役割と課題～]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963399239539@hc08/17983/]]></link>
			<author><![CDATA[ by とりっち]]></author>
			<category><![CDATA[とりっちの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 15 Jan 2008 03:13:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963399239539@hc08/17983/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963399239539@hc08/17983/" target="_blank"><img src="/docs/963399239539@hc08/17983/thmb.jpg?s=s&r=1200334401&t=n" border="0"></a><br /><br />　「表現の自由」は個々の国民に保障された権利であるが、法人であるマスメディアにも法的権利として認められている。しかし、マスメディアの享受する「表現の自由」は、個人が享受する「表現の自由」とは異なっている。
マスメディアが行使する「表現の自由[358]<br />　「表現の自由」は個々の国民に保障された権利であるが、法人であるマスメディアにも法的権利として認められている。しかし、マスメディアの享受する「表現の自由」は、個人が享受する「表現の自由」とは異なっている。
マスメディアが行使する「表現の自由」は、国民の「知る権利」に応えるという意味合いが大きい。国民が民主主義の主体として意見を形成し表明するためには、まずそれに不可欠な判断資料を得る必要がある。その情報を正確に国民に伝達するのが、マスメディアの役割である。特に政治的側面においては、マスメディアの報道があってはじめて、国民は政治の動向を知り、主権者として権利を行使したり義務を遂行したりすることができる。例えば選挙権を行使するには、国政などに関する情報が不可欠である。また為政者や個々の国民の意見を報道によって知ることで、人々が世論形成などに関わり民意を国政などに反映させることが可能となる。そういう点で、マスメディアの報道が民主主義の根幹を支えているといってよい。
このように、マスメディアの「表現の自由」は、国民の「知る権利」に奉仕するために保障されているという側面が強い。国民の意思形成に多大..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[近代日本とマスメディア]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963399239539@hc08/17984/]]></link>
			<author><![CDATA[ by とりっち]]></author>
			<category><![CDATA[とりっちの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 15 Jan 2008 03:13:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963399239539@hc08/17984/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963399239539@hc08/17984/" target="_blank"><img src="/docs/963399239539@hc08/17984/thmb.jpg?s=s&r=1200334401&t=n" border="0"></a><br /><br />1．はじめに
　大正末期から昭和期にかけて、バラバラに群化した「大衆」を「国民」というひとつのまとまりに統合するにあたって、重要な役割を果たしたのがマス・メディアである。大量の受け手に情報を発信する機能をもつマス・メディアは、政府に強制され[356]<br />1．はじめに
　大正末期から昭和期にかけて、バラバラに群化した「大衆」を「国民」というひとつのまとまりに統合するにあたって、重要な役割を果たしたのがマス・メディアである。大量の受け手に情報を発信する機能をもつマス・メディアは、政府に強制されたというよりむしろ自らの意思で戦争賛美の報道をおこなって国民の戦意を高め、戦争拡大の片棒を担ぐことになった。満州事変や日中戦争における国民の意識形成に、マス・メディアがどう関わったかを論じたい。
2-1．大衆の登場とメディア
　大正末期の社会で、新しい社会の動向として盛んに論じられるようになったのが「大衆」の登場である。これは例えば、1918年に巻き起こった米騒動の大群衆、労働争議に出現する労働者、映画・演劇等娯楽メディアの大量の観衆観客、新聞雑誌等の大量読者、さらには都市繁華街の雑踏などさまざまである。当時の知識人たちは、既存の「民衆」にはおさまり切れない問題性をはらんだものとして「大衆」という新しい概念を論じた。その問題性とは、圧倒的な大量性である。
　大正末期から昭和期にかけて、旧来の共同体やその規範から離れ、バラバラになって群化した大量の人間..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[少年犯罪について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16193/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 蜜]]></author>
			<category><![CDATA[蜜の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 20 Dec 2007 00:00:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16193/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16193/" target="_blank"><img src="/docs/983428799301@hc07/16193/thmb.jpg?s=s&r=1198076446&t=n" border="0"></a><br /><br />少年犯罪について
「最近の若い者は&hellip;。」という台詞、誰でも一度は聞いたことがあるだろう。よく大人といわれる人たちが多く口にする言葉である。そしてこの台詞は、同じようにマスメディアでも多く使われている。マスメディアは少年犯罪を大きく取り上げ、[358]<br />少年犯罪について
「最近の若い者は&hellip;。」という台詞、誰でも一度は聞いたことがあるだろう。よく大人といわれる人たちが多く口にする言葉である。そしてこの台詞は、同じようにマスメディアでも多く使われている。マスメディアは少年犯罪を大きく取り上げ、瞬く間に少年を「悪者」に仕立て上げる。マスメディアにとって少年犯罪より都合のいいものはない。何故なら少年犯罪は注目を集めやすく、未成年という弱い立場がターゲットであるため苦情も少ない。そんなマスメディアが少年犯罪の原因としてゲームや漫画、引きこもりなどを挙げているが、本当にそうなのだろうか。
たしかに、世間は平気で人を殺すようなゲームや漫画などがありふれてお..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[地上デジタル放送が社会に与える影響]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/15436/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kibayashi]]></author>
			<category><![CDATA[kibayashiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 30 Nov 2007 14:02:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/15436/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/15436/" target="_blank"><img src="/docs/983431157801@hc06/15436/thmb.jpg?s=s&r=1196398972&t=n" border="0"></a><br /><br />地上デジタル放送が社会に与える影響
・地上デジタル放送によりテレビからは番組以外にも文字情報等も得られるようになった。また受動的なものだけでなく能動的な動きも可能となった。(双方向の通信など)
・デジタル放送開始に伴い対応テレビやチューナー[352]<br />地上デジタル放送が社会に与える影響
・地上デジタル放送によりテレビからは番組以外にも文字情報等も得られるようになった。また受動的なものだけでなく能動的な動きも可能となった。(双方向の通信など)
・デジタル放送開始に伴い対応テレビやチューナー等の新たな需要が促進される。
・その他受信における諸事項
以上の点を利点、問題点をあげつつ考えてみたい。
最近「地上デジタル放送」または「地デジ」なる言葉を最近よく耳にするようになった。（以下「地上デジタル放送」、もしくは「デジタル放送」と表現する）テレビをそんなにはみていないという人も一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。逆にいえばテレビ各局がそれだけ力をいれて宣伝しているともいえる。
地上デジタル放送の概要はこうだ。現在のテレビの放送、いわゆるアナログ放送は2011年の7月に終了し、現在各地で始まりつつあるデジタル放送に完全に移行することになる。地上デジタル放送ではハイビジョンならではの高画質、高音質を楽しむことができる。またいわゆる「双方向」のデータ放送では視聴者の住んでいる地域のピンポイントの天気予報を確認できたり、テレビ番組内の情報（..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[市民はマスメディアの情報に流される]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431756601@hc05/14744/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yuukison]]></author>
			<category><![CDATA[yuukisonの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 09 Nov 2007 17:43:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431756601@hc05/14744/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431756601@hc05/14744/" target="_blank"><img src="/docs/983431756601@hc05/14744/thmb.jpg?s=s&r=1194597807&t=n" border="0"></a><br /><br />　市民はマスメディアの情報に流される。マスメディアが放った言葉を噛みしめず、かつ自分の思考の中で吸収しようとはしない。
　行政バッシングという言葉を最近耳にする。行政の不祥事、たとえば横領や談合などの問題について、市民、ましてやマスメディア[358]<br />　市民はマスメディアの情報に流される。マスメディアが放った言葉を噛みしめず、かつ自分の思考の中で吸収しようとはしない。
　行政バッシングという言葉を最近耳にする。行政の不祥事、たとえば横領や談合などの問題について、市民、ましてやマスメディアが敏感になってきた。国民の奉仕者である公務員に対する視線は冷たく、パラノイア化と言われても仕方がない。
　なぜ、民間ではなく、公務員だけが特別扱いされるのか。私は、行政にも、マスメディアにも携わっていないので、その真相を知る由もない。ただ、これが現代の流れであるのには確かである。
　社会保険庁による年金記録問題、その中で責任の矛先が一つの焦点となっている。「..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 地上デジタル放送]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430076301@hc06/9462/]]></link>
			<author><![CDATA[ by daruina]]></author>
			<category><![CDATA[daruinaの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 09 Jul 2006 03:13:16 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430076301@hc06/9462/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430076301@hc06/9462/" target="_blank"><img src="/docs/983430076301@hc06/9462/thmb.jpg?s=s&r=1152382396&t=n" border="0"></a><br /><br />地上波デジタル放送によって、放送業界の姿が大きく変わり、デジタル放送ネットワークが中心となる時代を迎えると思う。見ることのできるチャンネルはソフトウェア、映画、ニュース、ドラマなどを、デジタルの動画圧縮技術を使って多チャンネル放送できますの[360]<br />私が今、とても関心を持っているメディアは地上波デジタル放送だ。テレビ業界に就職したい私としては、とても興味深いメディアなのだ。
地上波デジタル放送によって、放送業界の姿が大きく変わり、デジタル放送ネットワークが中心となる時代を迎えると思う。見ることのできるチャンネルはソフトウェア、映画、ニュース、ドラマなどを、デジタルの動画圧縮技術を使って多チャンネル放送できますので、電波を効率的に使用することができるようになるのである。そして、デジタル放送ならではの高精細な画面。より美しく、迫力のある映像が楽しめ、また音質はＣＤ並みのクリアな高音質を実現し映画スクリーンと同じ画面比率なので、映画館と同等の臨..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[情報を上手く活用するために必要な能力について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430562801@hc06/8457/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lost99]]></author>
			<category><![CDATA[lost99の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 16 May 2006 17:14:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430562801@hc06/8457/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430562801@hc06/8457/" target="_blank"><img src="/docs/983430562801@hc06/8457/thmb.jpg?s=s&r=1147767262&t=n" border="0"></a><br /><br />今までの社会においては、読み書きが出来るということが、最低限の知識また能力であり、生活をするに当たっての問題が無かったと言えました。しかしながら、現代では読み書きだけでは、満足な社会生活を送ることは難しい状況に立たされてきています。
そう[356]<br />情報を上手く活用するために必要な能力について
今までの社会においては、読み書きが出来るということが、最低限の知識また能力であり、生活をするに当たっての問題が無かったと言えました。しかしながら、現代では読み書きだけでは、満足な社会生活を送ることは難しい状況に立たされてきています。
そういった状況を踏まえて、雑誌や新聞などでは、情報リテラシーなどという表現が用いられ、私たちの間で使用され始めました。こういった言葉が使われるのも、必要な情報を集めたり、また選び出したりする技能の必要性や、情報機器を使いこなすことは、現代社会に生きていく上では必要不可欠だという認識が背景になっているから、と考えられてい..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[  日本が日本でなくなってきているという危機感]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430673801@hc06/7746/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yamamoto214]]></author>
			<category><![CDATA[yamamoto214の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 28 Mar 2006 14:44:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430673801@hc06/7746/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430673801@hc06/7746/" target="_blank"><img src="/docs/983430673801@hc06/7746/thmb.jpg?s=s&r=1143524642&t=n" border="0"></a><br /><br />日本が日本でなくなってきている、最近こうした危機感が広がりつつあります。
単に景気経済のよしあしの問題ではなく、社会保険庁や道路公団など公務員の手前勝手な公金の使途状況、三菱自動車や雪印乳業等に見られる人命安全を軽視した経営業務の実態、温[356]<br />　日本が日本でなくなってきているという危機感
　日本が日本でなくなってきている、最近こうした危機感が広がりつつあります。
単に景気経済のよしあしの問題ではなく、社会保険庁や道路公団など公務員の手前勝手な公金の使途状況、三菱自動車や雪印乳業等に見られる人命安全を軽視した経営業務の実態、温泉水のごまかしや魚肉米や斉藤の虚偽表示など、いまや官民、企業の大小を問わずあらゆる職場で職業倫理が崩れ、社会のモラルが乱れてきている状況が見られます。
「勝ち組、負け組み」という言葉には今の世相が如実に現れているように感じますが、「勝ち組」の裏に上記のような、お金優先の論理、内輪の組織の論理、私優先のゆがんだ競争..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[今の子どもの戦争認識]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6874/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mackey88]]></author>
			<category><![CDATA[mackey88の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 18:50:13 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6874/" target="_blank"><img src="/docs/983430754801@hc06/6874/thmb.jpg?s=s&r=1139997013&t=n" border="0"></a><br /><br />　第二次世界大戦が終わって60年が過ぎた今、果たして子どもたちの戦争に対する認識はどうなっているのだろうか。時代とともに変化しているであろうことは予想できるが、それは何の影響によるものなのか。直接対話、メディアの力、政治的背景など様々な要因[356]<br />今の子どもの戦争認識
　第二次世界大戦が終わって60年が過ぎた今、果たして子どもたちの戦争に対する認識はどうなっているのだろうか。時代とともに変化しているであろうことは予想できるが、それは何の影響によるものなのか。直接対話、メディアの力、政治的背景など様々な要因が考えられるが、やはり学校での授業によるものが大きい。参考として、2001年度の第二次世界大戦認識調査と2004年度の原爆認識調査の結果を挙げる。なお、調査は三省堂『歴史教育・社会科教育年報』による。
小学・中学・高校生の第二次世界大戦認識の現状(2001)：どういうことから知ったかの割合
祖父 祖母 父 母 先生 その他の人 テレビ・ラジオ 新聞 映画 読物 マンガ 小 26 32 17 17 51 17 52 17 22 34 15 中 21 10 12 10 85 6 35 12 26 26 15 高 27 27 14 11 83 11 68 32 42 37 27 ※小学校４校149名、中学校３校164名、高校５校378名。2000,12.～2002,1.
中学・高校生の原爆認識の現状(2004)：どういうことから知った..]]></description>

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			<title><![CDATA[ダイエットの歴史 〜マスメディアを通じて〜]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6809/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mackey88]]></author>
			<category><![CDATA[mackey88の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 11:27:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6809/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6809/" target="_blank"><img src="/docs/983430754801@hc06/6809/thmb.jpg?s=s&r=1139970477&t=n" border="0"></a><br /><br />○　２人の女優の影響力
　「アメリカではセクシーが、日本ではチャーミングが女性の最も喜ぶ誉め言葉」という記事を読んだことがある。女性の評価基準において可憐に見えること、華奢であることがセクシーであることよりも上位に置かれる文化で、マリリン[356]<br />ダイエットの歴史　～マスメディアを通じて～
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
○　２人の女優の影響力
「アメリカではセクシーが、日本ではチャーミングが女性の最も喜ぶ誉め言葉」という記事を読んだことがある。女性の評価基準において可憐に見えること、華奢であることがセクシーであることよりも上位に置かれる文化で、マリリン・モンローよりオードリー・ヘップバーンに人気が集まるのは当然のことであろう。マリリン・モンローの発散する過剰なまでの女性性は（これもまたハリウッドの演出によるものであるのだが）、日本人にとってはある種の脅威であり、とても手に負えないシロモノなのである。マリリン・モンローは眺め、崇めるための対象であり、近寄りがたい存在なのだ。それに比べて黒い髪、黒い瞳でボーイッシュな体型のオードリーは、私たち日本人にも親しみやすい、より近しい存在に思える。どんなに望んでもモンローのような肉体は手にいれられないけれど（叶姉妹なる人たちの登場で最近はそう..]]></description>

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			<title><![CDATA[マスメディアが政治に与える影響]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/5068/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kibayashi]]></author>
			<category><![CDATA[kibayashiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 13 Jan 2006 00:30:33 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/5068/" target="_blank"><img src="/docs/983431157801@hc06/5068/thmb.jpg?s=s&r=1137079833&t=n" border="0"></a><br /><br />■テーマ設定の動機
　マスメディアは新聞やテレビなどの形で存在しており、近年急速に普及したインターネットもマスメディアの一つということができる。私自身政治に関する情報を見聞きするのはすべてといっていいくらいマスメディアを介してのものである[356]<br />「マスメディアが政治に与える影響」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
■テーマ設定の動機
　マスメディアは新聞やテレビなどの形で存在しており、近年急速に普及したインターネットもマスメディアの一つということができる。私自身政治に関する情報を見聞きするのはすべてといっていいくらいマスメディアを介してのものである。もはやそれは当たり前になりすぎていることではあるが、元々は別のものであるはずである。そこで今回はその「マスメディア」が政治に与える影響についてスポットをあててみることにする。
■現代における「マスメディア」の位置
　まず、現代において「マスメディア」がどのような位置に存在しているかについて考える。
　そもそもマスメディアが存在しなかった時代には政治権力と大衆は隔絶されており、両者相互を通じ合わせる媒介はほとんど存在しなかった。独裁制をとっていたならなおさらである。しかしその後マスメディアや普通選挙制の確立などにより両者は除々に密接に関係するようになってきた。現代においては大衆の自主性を尊重する民主政治では大衆に十分な情報を提供するために使用される。（また独裁体制..]]></description>

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			<title><![CDATA[ 情報ネットワーク社会のアンビバレンス]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431390701@hc05/4710/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rarirurero]]></author>
			<category><![CDATA[rarirureroの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 07 Jan 2006 17:23:53 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431390701@hc05/4710/" target="_blank"><img src="/docs/983431390701@hc05/4710/thmb.jpg?s=s&r=1136622233&t=n" border="0"></a><br /><br />　かつて情報化社会論における情報化は技術決定論的発想に支配されていたのみならず、システム機能的な側面（経済や政治・行政への寄与）のみに焦点を当てられていた。
　60年代末は文明論的色彩の濃い「情報化社会論」が言説主導的に語られ、80年代は[348]<br />「情報ネットワーク社会のアンビバレンス」
かつて情報化社会論における情報化は技術決定論的発想に支配されていたのみならず、システム機能的な側面（経済や政治・行政への寄与）のみに焦点を当てられていた。
60年代末は文明論的色彩の濃い「情報化社会論」が言説主導的に語られ、80年代はコンピューターと通信ネットワークの発達という現実の技術革新とそれにともなう産業構造の変容を受けて中央省庁主導の「情報化」政策が「ニューメディア」の普及を目指す指定地域モデル事業等のかたちで強力に推進された。しかしそれらは生活世界から乖離したものであり、そうしたニューメディアは失敗に終わった。そして80年代後半からパソコン通..]]></description>

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			<title><![CDATA[マスコミはいのちの現場をどう伝えたか]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432388301@hc05/3215/]]></link>
			<author><![CDATA[ by fearless]]></author>
			<category><![CDATA[fearlessの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 17 Nov 2005 09:44:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432388301@hc05/3215/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432388301@hc05/3215/" target="_blank"><img src="/docs/983432388301@hc05/3215/thmb.jpg?s=s&r=1132188250&t=n" border="0"></a><br /><br />Reno１　「いのち」を巡る価値観の衝突
・臓器移植、安楽死、クローン、ES細胞、遺伝子診断など･･･、すでに存在する人間（いのち）の利益のための行為が他者の利益を侵害することがある。例としては臓器移植、存在する人間を脳死と判断するとして[344]<br />総合科目レポート「マスコミはいのちの現場をどう伝えたか」　
Reno１　「いのち」を巡る価値観の衝突
・臓器移植、安楽死、クローン、ES細胞、遺伝子診断など･･･、すでに存在する人間（いのち）の利益のための行為が他者の利益を侵害することがある。例としては臓器移植、存在する人間を脳死と判断するとして、それが互いの利害関係を産む。なぜなら、その他者にとっては、[存在する人間の生命維持をすること＝新鮮な臓器が失われる]ということであり、他者自らが不利益となるからである。しかし、それはもう本人の意思の問題であって、本人、または家族が生命維持を望むのであればそれはどう判断するべきなのかが問われている。&rarr;..]]></description>

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			<title><![CDATA[客観報道の存続と現代人の危険性]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1649/]]></link>
			<author><![CDATA[ by laughmaker]]></author>
			<category><![CDATA[laughmakerの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 26 Jul 2005 22:54:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1649/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1649/" target="_blank"><img src="/docs/983432158301@hc05/1649/thmb.jpg?s=s&r=1122386097&t=n" border="0"></a><br /><br />私たちは、普段マスコミを通じて情報を入手している。もちろん、国内で起こったことに限らず、海外で起こったことも基本的にはマスコミを媒介として、あれこれ情報を得ていることになるだろう。海外で、事件が起こったからといってわざわざ現地まで赴き自分の[360]<br />　私たちは、普段マスコミを通じて情報を入手している。もちろん、国内で起こったことに限らず、海外で起こったことも基本的にはマスコミを媒介として、あれこれ情報を得ていることになるだろう。海外で、事件が起こったからといってわざわざ現地まで赴き自分の目で、ことの真相を確かめようとする人などごくわずかであり、そのような活動をする者といっても、ジャーナリストか記者くらいであろう。そうすると、私たちが普段から情報を得る媒体であるはずの、新聞、テレビニュース、雑誌などの役割は非常に大きなものであるのは間違いないだろう。
　そこで、私たちが日々疑問に思うことといえば、その媒体であるマスメディアは果たして信ずるに足るものなのだろうか、という点にある。また、もしもその真実性が保障されるとするならば、その記事がどれだけ客観的にものごとを捉えているかが問題となってくるだろう。
　先程あげた３点の主要なマスメディアにおいて、雑誌だけは、多少、性質を異にしている、と私は考える。雑誌は、テレビニュースや、新聞とは違って、主観性、誇張表現、著者の予想記事、などが数多く含まれている。実際本屋に出向き、様々な種類の雑誌を手..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[スポーツとジャーナリズムについての考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1322/]]></link>
			<author><![CDATA[ by go55go]]></author>
			<category><![CDATA[go55goの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 22 Jul 2005 05:10:14 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1322/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1322/" target="_blank"><img src="/docs/983432257401@hc05/1322/thmb.jpg?s=s&r=1121976614&t=n" border="0"></a><br /><br />スポーツとジャーナリズムの関係や現状についてこれから考察して行くわけだが、このテーマでまず筆者が思いだしたのは、１９９８年、サッカーのワールドカップ・フランス大会に、日本代表が初めて出場したときのことである。というのも、このとき筆者は初めて[360]<br />スポーツとジャーナリズムについての考察
スポーツとジャーナリズムの関係や現状についてこれから考察して行くわけだが、このテーマでまず筆者が思いだしたのは、１９９８年、サッカーのワールドカップ・フランス大会に、日本代表が初めて出場したときのことである。というのも、このとき筆者は初めてスポーツ報道というものに本格的に触れ、「ナンバー」をはじめとするスポーツ紙を初めて読んだからである。その「ナンバー」の中でだったかどうかは忘れてしまったが、スポーツライターの金子達仁が、スポーツをテーマにした文章は読んでおもしろいし、その証拠に「ナンバー」の発行部数は現在（つまりフランスワールドカップ当時）鰻登りだ、ということを述べていたのを現在でもはっきり覚えている。スポーツ選手の経験は、小説などと違ってまぎれもなく生身の人間が経験した、現実のことであるし、そこには、努力、挫折、夢、人間関係などといった、興味深いファクターがそろっているし、そして何よりも、そのようなスポーツ記事を読むことで、よりスポーツを見るのが楽しくなって、効果が二倍だというのが、金子達仁がいっていたことのような気がする。確かにその通りだと..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[「現代デモクラシーとマスメディアの日本政治における関係と今後の課題」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/528/]]></link>
			<author><![CDATA[ by matudasigoto]]></author>
			<category><![CDATA[matudasigotoの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 21 Jun 2005 23:12:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/528/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/528/" target="_blank"><img src="/docs/983432373401@hc05/528/thmb.jpg?s=s&r=1119363174&t=n" border="0"></a><br /><br />現代デモクラシーにおけるマスメディアの役割・問題点を、特に政治の観点から列挙し、両者の密接な関係性を示す。さらに、メディアの情報は、本来何を目的として発信され、社会にどのような影響を及ぼすべきなのかを考え、そこから今後のマスメディアと市民と[360]<br />大 衆 化 と 政 治
「現代デモクラシーとマスメディアの日本政治における関係と今後の課題」
法学部政策科学科４年２組
２００１４２１０７０　松田 和浩
　このレポートでは、現代デモクラシーにおけるマスメディアの役割・問題点を、特に政治の観点から列挙し、両者の密接な関係性を示す。さらに、メディアの情報は、本来何を目的として発信され、社会にどのような影響を及ぼすべきなのかを考え、そこから今後のマスメディアと市民との付き合い方を、メディア・リテラシーという視点を元に述べる。
（１）現代デモクラシーにおけるマスメディアの役割
　マスメディアは、情報を提供する機能を持つが、その機能は現代社会において様々な役割を担っている。この役割については、三つの要素が挙げられる。
現代社会におけるデモクラシーは、マスデモクラシーとも呼ばれ、社会だけではなく、それに関わっているメディアも大規模なものになっている。普通平等選挙においても、その膨大な有権者数に対して候補者の政策を伝えるために、マスメディアは不可欠なものである。
　このような政治の情報を市民に伝えるという役割は、現代デモクラシーを形成するうえで、マ..]]></description>

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