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		<title>タグ“フセイン”の公開資料</title>
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		<description>タグ“フセイン”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[イラク　　田中宇著　光文社新書]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429944501@hc06/12776/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yasu0226]]></author>
			<category><![CDATA[yasu0226の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 23 Jan 2007 15:40:41 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429944501@hc06/12776/" target="_blank"><img src="/docs/983429944501@hc06/12776/thmb.jpg?s=s&r=1169534441&t=n" border="0"></a><br /><br />第４回　イラク　　田中宇著　光文社新書
大使館訪問
２００３年初旬、筆者は日本山妙法事の住職である堀越上人とジャーナリストの松崎三千蔵氏と三人でイラク大使館を訪れた。堀越上人はチグリス川での灯篭流しという、戦争回避に向けたＰＲになりそうな具[356]<br />第４回　イラク　　田中宇著　光文社新書
大使館訪問
２００３年初旬、筆者は日本山妙法事の住職である堀越上人とジャーナリストの松崎三千蔵氏と三人でイラク大使館を訪れた。堀越上人はチグリス川での灯篭流しという、戦争回避に向けたＰＲになりそうな具体的な計画があったため、ビザはすぐに発行される事となった。
・バグダットへの道
ヨルダンはアンマンの中心街にある「アブダリ・バスターミナル」の前のホテルに泊まっていた一行はタクシーでバグダットへと向かった。イラク国境に向かう荒野の中の道には、石油を積んだタンクローリーがひっきりなしに往来していた。ヨルダンは対立する周辺諸国とのバランスをとる事が、国家の存在理由である。フセイン政権が石油を無償供与し続ける事は「保険」のようなものである。また、イラクは経済制裁下でもヨルダンからは物資を輸入出来るので、その意味でも十分に意味のある戦略でもあった。
３時間ほど走ると、イラク国境に着いた。そこにはイラクの経済的余力を窺わせる日産製の新車がびっしり積まれたトラックも並んでいた。
入国審査を終え、イラク側に入ると、バグダット市内までの道は綺麗に舗装されており、中央..]]></description>

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			<title><![CDATA[湾岸戦争の経緯について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429969801@hc06/10890/]]></link>
			<author><![CDATA[ by vice13]]></author>
			<category><![CDATA[vice13の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 03 Sep 2006 20:28:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429969801@hc06/10890/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429969801@hc06/10890/" target="_blank"><img src="/docs/983429969801@hc06/10890/thmb.jpg?s=s&r=1157282917&t=n" border="0"></a><br /><br />1988 年8 月20日、イスラム原理主義国家イランとフセイン大統領独裁国家イラクとの、8年間に及ぶイラン・イラク戦争が一応の停戦を迎えた。この戦争の結果、イラクは600億ドルもの膨大な戦時債務を抱えることとなり、経済の回復も遅れていた。こ[334]<br />　　　湾岸戦争の経緯
について
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　湾岸戦争の経緯
1988
年
8
月
20
日
、
イスラム原理主義
国家
イラン
と
フセイン
大統領
独裁国家イラクとの、
8
年間に及ぶ
イラン・イラク戦争
が一応の停戦を迎えた。 この戦争の結果、 イラクは
600
億
ドルもの膨大な戦時債務を抱えることとなり、
経済
の回復も遅れていた。 　このような中
で、
サウジアラビア
、 クウ ェートが
OPEC
の割当量を超えた
石油
の増産を行なったことに
より、 石油価格は大きく下がり、 石油輸出に依存していたイラク経済にさらなる打撃を与
えていた。 またクウェートは、 イラン・イラク戦争時にイラクに援助した
100
億ドルの資
金を返還するよう働きかけた上、 イラクが領有を主張しているルメイラ油田から大量採掘
を行った。 クウェートに対してイラクは抗議を続け、 イラクのアジズ副首相は
24
億ドルの
損害賠償をクウェートに請求、 エジプトのムバラク大統領が仲介に立つが間もなく交..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ クルド人の歴史]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430589301@hc06/8467/]]></link>
			<author><![CDATA[ by orpheus12]]></author>
			<category><![CDATA[orpheus12の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 16 May 2006 23:27:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430589301@hc06/8467/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430589301@hc06/8467/" target="_blank"><img src="/docs/983430589301@hc06/8467/thmb.jpg?s=s&r=1147789656&t=n" border="0"></a><br /><br />「クルディスターン」という地名が正式に歴史に登場する以前の歴史から始める。
現在のクルディスターンにほぼあたる地域（イラン高原からユーフラテス川の間の一帯）は、先史時代にはミタンニ王国などの諸王国が支配していたようである。これが紀元前１６[356]<br />クルド人とクルディスターンの歴史
　「クルディスターン」という地名が正式に歴史に登場する以前の歴史から始める。
現在のクルディスターンにほぼあたる地域（イラン高原からユーフラテス川の間の一帯）は、先史時代にはミタンニ王国などの諸王国が支配していたようである。これが紀元前１６００年頃のこと。
　後に、インド＝ヨーロッパ語族のメディア人がイラン高原でメディア王国を建国する。どうやら、クルド人たちはこのメディア人が彼らの祖先であると考えているようだ。このことに関してははっきりとした調査結果は出ていない。
　紀元前６世紀中頃、インド＝ヨーロッパ語族のペルシャ人がメディアや他のオリエントの国々を滅ぼし、オリエントを統一するが、紀元前４世紀にはアレクサンドロス大王の征服を受ける。大王の死後、その大帝国は分裂し、クルディスターンはギリシャ系のセレウコス朝シリア（前３１２～６３）、パルティア（前２４８～後２２６）、そしてササン朝（後２２６～６５１）に支配される。
　紀元後７世紀、ササン朝はアラブ＝イスラム軍にニハーヴァンドの戦い（６５１）で滅ぼされる。ササン朝の国教はゾロアスター教（拝火教）として知ら..]]></description>

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