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		<title>タグ“コリアン”の公開資料</title>
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		<description>タグ“コリアン”の公開資料</description>
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		<item>
			<title><![CDATA[在日朝鮮人問題と帰化に関する考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950864257899@hc12/89667/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kyon19891108]]></author>
			<category><![CDATA[kyon19891108の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 20 Jan 2012 04:12:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950864257899@hc12/89667/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950864257899@hc12/89667/" target="_blank"><img src="/docs/950864257899@hc12/89667/thmb.jpg?s=s&r=1327000328&t=n" border="0"></a><br /><br />過去、朝鮮半島からは、日本の植民地支配の影響下、多くの朝鮮人が日本に渡ってきた。そして彼らは日本で生活するために地域コミュニティを作り、学校を建て、社会運動を起こし、権利を獲得してきた。このような経緯を経て日本で自らの社会を築いた朝鮮人、ま[360]<br />目次
序章　在日朝鮮人帰化問題に関する考察の目的と展開1
目的1
展開1
第1章　在日朝鮮人とは2
第1節　発生の起源2
第2節　定住にいたる経緯3
第2章　在日朝鮮人問題5
第1節　朝鮮植民地時代の在日朝鮮人労働問題5
第2節　法制度的問題6
第3節　差別意識問題7
第3章　在日朝鮮人帰化問題9
第1節　在日朝鮮人帰化の性質と実態9
第1項　性質9
第2項　実態9
第3項　法規定10
第2節　帰化選択の具体的理由11
第1項　自らのアイデンティティに不便、不満、劣等感を抱く在日朝鮮人11
第2項　同化政策12
第3節　帰化がもたらす在日朝鮮人社会消滅の危険性12
第4章　朝鮮人問題の原因と背景14
第1節　北朝鮮バッシング14
第2節　軍事大国化の推進14
第3節　新自由主義思想16
第5章　帰化問題の解決策18
第1節　権利獲得運動18
第2節　民族教育と朝鮮学校の重要性18
参考文献
参考URL20
図表目次
第1表　朝鮮人人口・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
第1図　1924年の朝鮮人と内地人（日本人）の賃金・・・・　5
第2表　朝鮮人帰化者数・・・・・・・・・・・・・・・・・10
序章　在日朝鮮人帰化問題に関する考察の目的と展開
目的
過去、朝鮮半島からは、日本の植民地支配の影響下、多くの朝鮮人が日本に渡ってきた。そして彼らは日本で生活するために地域コミュニティを作り、学校を建て、社会運動を起こし、権利を獲得してきた。このような経緯を経て日本で自らの社会を築いた朝鮮人、またはその子孫は現在日本に約60万人以上おり、世代は4~5世まで幅を広めている。そして、彼ら在日朝鮮人の社会は、日本社会の中で様々な非難を受けており、その非難は度々社会問題や事件として浮上する。例えば現在、朝鮮学校無償化除外問題として日本社会と在日朝鮮人社会は対立し、それに関連する朝鮮学校側の無償化除外反対デモや、朝鮮学校への暴力的な襲撃による逮捕者の出る事件も起こっている。
この現状を受け止め在日朝鮮人自身さえも植民地主義や自らの劣等感にさいなまれており、結果、非難の受けることのない「日本人」になるために「帰化」の選択をする人が増えてきた。年約1万人ペースの帰化が今後も続くとなれば在日朝鮮人社会は弱体化し、やがて消滅すると推測する。このような現象は朝鮮人が朝鮮人として生きること..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[コリアンの事例から眺める葛藤とつながりhp]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/82169/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yamakou]]></author>
			<category><![CDATA[yamakouの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 08 Jun 2011 13:39:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/82169/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/82169/" target="_blank"><img src="/docs/983429521201@hc06/82169/thmb.jpg?s=s&r=1307507950&t=n" border="0"></a><br /><br />コリアンの事例から眺める葛藤とつながり
～「在日コリアン」・「中国朝鮮族」の「国籍」「民族」「個人」～
「国籍」「民族」は「個人」にとってどのような意味をもちうるのか。多種多様であるはずの「個人」が、「国籍」「民族」という制度・概念によって一元化され、排除されてきた歴史的過程と現在。また、それによる「個人」の葛藤。「国籍」「民族」「個人」のズレから生じる葛藤がどのようなものであるのか、「在日コリアン」の人たちと「中国朝鮮族」の人たちを例に、その歴史的背景・共通点・相違点を報告する。また、一方で、「国籍」や「民族」をきっかけとしてつながっていこうとするこころみが、排他性をもつのではなく、さまざまな人々と共存をするための土壌を広げていく可能性を含んでいることも併せて報告したい。
　
１．「私」は「私」、「私」と「あなた」の関係
　・「私はだれでしょう」1
沢知恵『Who am I?』（コスモスレコーズ.2000）
　・「俺は何人だ！？俺は何人だ！？何もんだよ！？」2
『GO』（金城一紀原作.行定勲監督.窪塚洋介主演.東映.2002）のセリフからの抜粋。
しかし、「私は私」と「私とあなた」の関係からでは捉えきれない構造。
①鄭暎惠が指摘する、自分の名前を「出せない」行為それ自体が自己否定に結びついてしまうという状況3
「他者に秘密にしてきた部分の自己は、他者によって認識・記憶されないことによって、実存しないに等しいとすら言える。しかし、現実には存在している以上、そのギャップが大きなアイデンティティ危機を生むのである。通名を使い必死に隠そうとすることは、「在日朝鮮人」であること以上に、「隠す」行為自体がアイデンティティ危機を生んでいる。」（鄭暎惠.「言語化されずに身体化された記憶と、複合的アイデンティティ」.『脱アイデンティティ』上野千鶴子編、勁草書房.2005.201p）
②金泰泳が指摘する、「個人」の尊重と「民族」の間のジレンマ4
（金泰泳.『アイデンティティ・ポリティクスを超えて－在日朝鮮人のエスニシティ』.世界思想社.1999）
「個の尊重」は必要であるが、民族として受けている現実の抑圧に対しては、対応的にせよ、民族として向き合わねば、実践的解決にはつながらないのではないか5
この主張は例えば、1933年にドイツを離れ、実践的な仕事につくことが重要であったと回想..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『脱アイデンティティ』鄭論文まとめhp用]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/79120/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yamakou]]></author>
			<category><![CDATA[yamakouの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 14 Feb 2011 01:24:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/79120/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/79120/" target="_blank"><img src="/docs/983429521201@hc06/79120/thmb.jpg?s=s&r=1297614264&t=n" border="0"></a><br /><br />『脱アイデンティティ』（上野千鶴子編、勁草書房、2005）
第6章「言語化されずに身体化された記憶と、複合的アイデンティティ」鄭暎惠（チョン・ヨンヘ）をまとめる
１．他者の記憶とアイデンティティ
①私たちが&rdquo;社会的存在&rdquo;たりうるのも記憶の存在が大きく、記憶を蓄積し喪失しないためには&rdquo;表現&rdquo;が必要
②他者との記憶の差異を見ることなしに、人は&rdquo;実存する過去&rdquo;を手中に収めることができない
＝「記憶は社会的に共有されていく」が、「双方の記憶は全く同一のものではありえない」ため、「双方の記憶の差異を見ることによってのみ、過去はより「立体的に」「複眼的に」再現される」。
※「他者に秘密にしてきた部分の自己は、他者によって認識。記憶されないことによって、実存しないに等しい」が、「現実には存在している以上、そのギャップが大きなアイデンティティ危機を生」む。
＝例：通名を使って「在日朝鮮人」であることを隠そうとするその行為自体がアイデンティティ危機を生む。
③他者と共有された記憶があってこそ、アイデンティティは成立する。
「アイデンティティに深く根ざすこうした記憶を共有する他者を失うこと」＝「私自身の「部分的な死」に値する、アイデンティティの危機」
&hArr;「他者の身体が死滅しようとも、その他者をめぐる記憶が私の中に残存し続ける限り、その他者は無に帰することなく、私の中では確実に存在している。」「死者と共に時間を過ごし、コミュニケーションすることを通して、身体という境界線を越境して響きあった「私たち」が、&rdquo;記憶の中の他者&rdquo;として現れる」
&rarr;「自己の&rdquo;身体のうち&rdquo;に、&rdquo;身体とともに&rdquo;実存しながらも、記憶として、他者の中に内面化されながらも存在している。」
④好むと好まざるとにかかわらず、&rdquo;他者としての死者たち&rdquo;の記憶とともに生きている。
&quot;他者としての死者&rdquo;とは一体誰なのか？
&rarr;単にＤＮＡに書き込まれた情報だけが、死者から「託された記憶」ではない。むしろ、どの死者に自己をアイデンティファイするかによって、歴史を見る視点は大きく変わってくる。（略）どの死者の「声なき声」に耳を傾け、その記憶を引き継ぐのかによって大きく変わる。
２．他者の記憶と&rdquo;位置&rdquo;
①どの他者の記憶をもって、自己の位置を決定するのか？例としての「在日韓国朝鮮人」
＝「在日韓国朝鮮人」と一言で言っても、その中には様々な際や..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[一元化する構造～「朝鮮人」「韓国人」を事例に～hp用]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78917/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yamakou]]></author>
			<category><![CDATA[yamakouの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Feb 2011 13:35:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78917/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78917/" target="_blank"><img src="/docs/983429521201@hc06/78917/thmb.jpg?s=s&r=1297312513&t=n" border="0"></a><br /><br />一元化する構造～「朝鮮人」「韓国人」を事例に～
　韓国大手三大紙といえば「朝鮮日報」「中央日報」「東亜日報」であるが、これら三紙はすべてインターネット上で日本語版webサイトを開設している。また、その中でも「中央日報」は日本語版をwebで提供しており（http://japanese.joins.com/）、各ニュースに用意されている「私の意見」というコメント欄には会員登録（無料）をすれば誰でも本名を出さずして投稿できるようになっている。この「中央日報」に掲載されている記事は政治から経済、文化、エンターテインメントなど多岐にわたっているが、どんな記事でもよいのでつけられているコメントを見ると必ずと言っていいほどに次のような悪質な書き込みに出くわす。
「本当に朝鮮人に生まれてこなくてよかったと思っている。恥ずかしくて生きてられない。」
（「北朝鮮に入り込む韓流&hellip;住民たちが変化している」という記事へのコメント2010.12.12）
「地球上からちょマせんマ人さえいなくなったら、世の中のどれくらいいやなことがなくなることか。」
（「北朝鮮をかばって孤立する中国&hellip;一歩遅れて深刻性を認識」という記事へのコメント2010.12.12)
　もちろんこのようなコメントばかりではないこと、さらに同一人物が同じようなコメントを投稿しているという事実もあるが、このように「朝鮮人」に対する悪意のこもったコメントは挙げれば枚挙に暇がないほど必ず目に付く。このような傾向は中央日報に限らずとも、コメント欄を設けているインターネットサイト（例えば「２ちゃんねる」や「Youtube」、「Yahoo知恵袋」など）では顕著に見られる傾向である。
　こうしたコメント欄に寄せられる匿名の誹謗・中傷のコメントに関しては、実生活に置ける表現の場が無いことによる「憂さ晴らし」
　「朝鮮人」とひとくくりにして優越・侮蔑・嫌悪・嘲笑の対象とすることは、戦前・戦中期における「朝鮮人」への視線とも無縁ではない。
　高崎宗司は朝鮮開港期から敗戦後の引揚期に至るまでの「朝鮮人」に対する優越・侮蔑・嫌悪・嘲笑がどのようになされていたかを、朝鮮本土に渡った「日本人」の振る舞いを中心に『植民地朝鮮の日本人』1
　『植民地朝鮮の日本人』（岩波新書、2006第7刷）の中では、「日本による朝鮮侵略は、軍人たちによってのみ行われたわけで..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「在日コリアン」における「帰化」についてhp用]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78916/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yamakou]]></author>
			<category><![CDATA[yamakouの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Feb 2011 13:35:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78916/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78916/" target="_blank"><img src="/docs/983429521201@hc06/78916/thmb.jpg?s=s&r=1297312512&t=n" border="0"></a><br /><br />「在日コリアン」における「帰化」
　日本における現行の帰化制度はどのような下で行われているのだろうか。帰化に関しては国籍法（平成二〇年一二月一二日法律第八八号）の第五条に帰化をするに当たっての条件が書かれている。それを見てみると次のようになる。
　第五条
　　法務大臣は、次の条件を備える外国人でなければ、その帰化を許可することができない。
　一．引き続き五年以上日本に住所を有すること
　二．二十歳以上で本国法によつて行為能力を有すること
　三．素行が善良であること
　四．自己又は生計を一にする外風車その他の親族の資産又は技能によつて生計を営むことができること。
　五．国籍を有せず、又は日本の国籍の取得によつてその国籍を失うべきこと。
　六．日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法またはその下に成立した政府を暴力で破壊することを企て、若しくは主張し、又はこれを企て、若しくは主張する政党その他の団体を結成し、若しくはこれに加入したことがないこと。
　
　ここに定められている条件を満たしていれば、帰化をすることができることになっている。また、このほかにも第六条では「現に日本に住所を有するものについては、法務大臣は、その者が前条（注：5条）第一項第一号に掲げる条件を備えないときでも、帰化を許可することができる」とあり、「在日コリアン」の大部分がこの六条を満たしている状態である。
　さて、2008年までの状態で「在日コリアン」の帰化者数は全部で296168名であるという統計が在日本大韓民国民団のホームページ（http://www.mindan.org/）では紹介されている。その統計を見ると1990年中盤以降は毎年10000人に近い人が帰化をしている。
　実際に帰化申請をするときにはさまざまな壁が立ちはだかっている。そのことについて「帰化制度のホントのところ」1
　「帰化制度のホントのところ」（『アンニョン！20号』2000.12）では次のように紹介している。
　いずれの簡易帰化においても三項の素行善良条件や、四項の生計条件、六項の公安上の危険人物条項は緩和されておらず、そのことを理由に帰化を拒むことが可能となっています。しかもその基準が明確ではなく、法務大臣の主観的判断によって左右される極めて恣意的な条項と言えるでしょう。
　また、帰化申請時には本人だけでなく家族の戸籍..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[韓国政府が定める外国国籍同胞について（「中国朝鮮族」を中心に）hp用]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78915/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yamakou]]></author>
			<category><![CDATA[yamakouの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Feb 2011 13:35:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78915/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78915/" target="_blank"><img src="/docs/983429521201@hc06/78915/thmb.jpg?s=s&r=1297312510&t=n" border="0"></a><br /><br />韓国政府が定める外国国籍同胞について（「中国朝鮮族」を中心に）
　「在外同胞の出入国及び法的地位に関する法律」が1999年に制定された当初（1999.9.2：法律第6015号）、中国朝鮮族やCIS高麗人はその適用対象から除外されていた。1999年制定当時、どのようにして中国朝鮮族の人たちが適用対象からもれたのかを、その「在外同胞の出入国及び法的地位に関する法律」における施行令と施行規則をみることで詳細を追ってみることとしたい。
　まず、「在外同胞の出入国及び法的地位に関する法律施行令」（1997.11.27：大統領令16602号）では以下のように定められていた。
第3条（外国国籍同胞の定義）
法第2条第2号で&rdquo;大韓民国の国籍を保有していた者またはその直系卑属として外国国籍を取得したものの内大統領令が定めるもの&rdquo;とは次の各号の１つに該当する者をいう
１．大韓民国政府樹立以後に国外に移住したもののうち大韓民国の国籍を消失したものとその直系卑属
２．大韓民国政府樹立以前に国外に移住したもののうち外国国籍取得依然に大韓民国の国籍を明示的に確認を受けたものとその直系卑属
また、その施行規則（1999.12.2：法務部令第490号）では、何をもって外国国籍同胞とみなすのかについて次のように定められていた。
第2条（外国国籍同胞の定義と入証方法）
①在外同胞の出入国及び法的地位に関する法律施行令（以下&rdquo;令&rdquo;という）第3条第2号で&rdquo;大韓民国の国籍を明示的に確認を受けたもの&rdquo;とは居住国所在大韓民国在外公館または大韓民国政府の委任を受けた機関・団体に在外国民登録法に基づいた登録をしたものをいう
②令第3条2号に該当するものがその事実を証明する書面を整えることができない場合には在外同胞の出入国及び法的地位に関する法律（以下&rdquo;法&rdquo;という）第2条第1号の規定に基づいた在外国民又は法第5条の規定に基づいた在外同胞滞留資格を付与された外国国籍同胞2人以上の保証書を提出しなければならない
　このように施行令ならびに施行規則における「外国国籍同胞の定義」に関しては前述したとおり、中国朝鮮族の人たちによって1998年8月に憲法裁判所に対して違憲請求がなされていた。その内容は「在外同胞の出入国及び法的地位に関する法律第2条第2号違憲確認」1
「在外同胞の出入国及び法的地位に関する法律第2条第2号違憲..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[韓民族とは誰なのか～韓国政府が定める在外同胞～hp用]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78914/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yamakou]]></author>
			<category><![CDATA[yamakouの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Feb 2011 13:35:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78914/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78914/" target="_blank"><img src="/docs/983429521201@hc06/78914/thmb.jpg?s=s&r=1297312508&t=n" border="0"></a><br /><br />「韓民族」とは誰なのか
　表題には「韓民族」とは誰なのか、とさせてもらったが、そもそも「韓民族」という用語は日本であまり聞きなれない言葉かもしれない。「韓民族」とは一体どのような用語であるのかを少し説明してみると、韓国の「韓」の字が与えられていることからも分かるように韓国を前提としたときに使われる「民族」としての用語である。また、韓国における「民族」をあらわす言葉としては「韓民族」という表現のほかにも「韓人」という表現もあり、これも「韓民族」と同じ文脈の中で使われている。
　「韓民族」という言葉が出てくる背景には、もちろん現在の「朝鮮半島」における分断国家という状況が色濃く反映されているといえるだろう。ここで今「朝鮮半島」という語句を使わせてもらったが、この「朝鮮半島」という表現に関しても同様である。韓国においてはこの「朝鮮半島」という語句は使われておらず、一般的には「韓半島」という表現が使われている。同じものを指していても、その用語の使用に際してはその用語を使用している本人の意識がどれほどであるかに関わらず、どのような意図の下でその用語が使用されているのか（つまり「韓国」を支持するのか「朝鮮民主主義人民共和国」を支持するのか）を推測されてしまうこともある。呼び名一つとってみても現在の分断国家としての複雑な状況が露見していることがわかるだろう。
　このことは「在日コリアン」に関する名称においても同様である。次の文章は、韓国政府が「在外同胞」の文化発展、文化継承を目的として設立した「在外同胞財団」という団体（後述）が出版した写真記録集に寄せられた一節である。
日帝強占、解放、分断に続く複雑な韓半島の歴史状況は日本にいる在日同胞社会にそのまま反映されている。在日同胞を規定し表現する単語も、在日韓国人、在日朝鮮人、在日韓国・朝鮮人、在日コリアン、在日、など、政治的な立場の違いと歴史の流れを反映しながら変化してきた1
　『分断の境界を崩す　二つの在日の望郷歌』（企画：在外同胞財団、現実文化研究.2007.6ｐ）。
　ここでも述べられているように、「在日韓国人」「在日朝鮮人」「在日韓国・朝鮮人」「在日コリアン」「在日」など、これらの名称はどこの「国籍」を持っているのかに応じて、またそうした「国籍」に限らずともその名称を使う人自身の認識に応じて使いわけられる2
ここで私自身..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[戦後「在日コリアン」に対する国籍政策（サンフランシスコ講和条約まで)hp用]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78912/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yamakou]]></author>
			<category><![CDATA[yamakouの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Feb 2011 13:35:05 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78912/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78912/" target="_blank"><img src="/docs/983429521201@hc06/78912/thmb.jpg?s=s&r=1297312505&t=n" border="0"></a><br /><br />戦後「在日コリアン」に対する国籍政策について（サンフランシスコ講和条約まで）
１：参政権の停止　
　1945年の8月15日を日本では「終戦記念日」と称すが、見方を変えれば韓国では「光復節」であり朝鮮民主主義人民共和国では「祖国解放記念日」である。それでは、解放された後に「日本国臣民」であった「朝鮮人」たちはどのような境遇であったのだろうか。この項目では制度として「朝鮮人」がどのようにして「日本国臣民」から「外国人」へと変えられていくのかを見ていく。
　解放直後の1945年8月20日当時日本に居住していた「朝鮮人」の数は196万8807人であったという1
『100年のあかし－在日韓人歴史資料館開設記念－』（在日韓人歴史資料館.2009.19p）あくまでも推計値とされている。。日本に多く存在していた「日本国臣民」であった「朝鮮人」の処遇に関して日本政府内では一体どのように話し合われていたのか。次は1945年11月29日の貴族院で勅選議員である大野緑一郎が発言した内容であるが、ここではどのような法的地位として「朝鮮人」を見做すのかにおいて混乱している様子が伺える。（下線は筆者）
　私は「ポツダム」宣言の效力の發生の時期と云ふことに付て御尋ね致したいと思ひます、それは主として外地に關することに關して御聽きしたいのですが「ポツダム」宣言の内容に於て「カイロ」宣言を認める、それに依ると、朝鮮、臺灣等が日本の領土でなくなることになつて居りますのですが、其の時期が何時からなくなるのであるか、極端なと言ひますか、私は三つの考へ方が出來るのぢやないかと思ふのですが、八月十五日に遡つてそれがなくなると云ふ考と、それから今御話の九月の二日に調印を致しました其の時に致しますか、或は更に何か特殊の條約と申しまするか、手續に依つて引渡すと云ふことになるか、どう云ふ形になるのでありますか、それに依りまして朝鮮が既に日本の領土でなくなつて居るのであるか、又國内に居る朝鮮人が帝國の臣民たる身分を喪失したのであるか、それ等の點が頗るはつきりしないやうに考へて居るのであります、又聯合軍の側に於ても、或は國内に於ける朝鮮人或は臺灣人等に對して、お前達はもう外國人なんだからと云ふやうな取扱をして、それが爲に取締上も非常に困難を感じて居る實例も見て居ります2
昭和２０年１１月２９日貴族院昭和２０年勅令５４２..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[戦前期日本における朝鮮人に対する国籍政策についてhp用]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78911/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yamakou]]></author>
			<category><![CDATA[yamakouの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Feb 2011 13:35:04 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78911/" target="_blank"><img src="/docs/983429521201@hc06/78911/thmb.jpg?s=s&r=1297312504&t=n" border="0"></a><br /><br />国籍について
　国籍とは何か。大辞泉には「国家の所属員としての資格」1
『デジタル大辞泉』（小学館.1995）とある。このことに照らして考えてみれば、私は「日本国籍」を所有しているため「日本国」における「所属員としての資格」を有していると言えるだろう。このように私が「日本国籍」を所有しており、「日本国における所属員としての資格」を有しているのは、父母ともに「日本国籍」であるからであり、また私が「日本国」で生まれたからに他ならない。つまり、私は父母がともに「日本国籍」であることから、自動的に「日本国籍」を付与された形になる。
　日本の現行国籍法2
国籍法：平成二〇年一二月一二日法律第八八号（法務省HP：（http://www.moj.go.jp/MINJI/kokusekiho.html）では、その第二条「出生による国籍の取得」で次のように定められている。
　第二条　子は、次の場合には、日本国民とする。
　一　出生の時に父又は母が日本国民であるとき。
　二　出生前に死亡した父が志望のときに日本国民であつたとき
　三　日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないとき
　私の場合は、この第二条の一に従って「日本国籍」を有しているということになる。私は「日本国籍」をもつ父母のもとに「日本」で生まれ、家では自然と「日本語」を話すようになり、20歳の時に「参政権」を自動的に取得し、海外に出る時には日本の旅券法に基づいて「日本国籍」を所有しているがゆえに日本国のパスポートで渡航をする。そのパスポートには「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する」と日本国外務大臣からの外国関係諸官への要請文も記載されているが、このことはつまり私は海外においてパスポートの存在によって日本国に保護されているといっても過言ではない。パスポートについて言えば、入国審査の際に日本のパスポートが諸外国のパスポートと比べて信用度が高いことから入国審査がスムーズであるという話があるが、このことはインターネット上で例えば「日本」「パスポート」と検索すれば山のように日本のパスポートのすばらしさを礼賛する意見・感想を見ることができるし、こうしたパスポートと国籍の話において、植民地下の台湾で生まれ、2009年に日本..]]></description>

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			<title><![CDATA[私は私・私とあなたの関係　hp用]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78910/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yamakou]]></author>
			<category><![CDATA[yamakouの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Feb 2011 13:35:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78910/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/78910/" target="_blank"><img src="/docs/983429521201@hc06/78910/thmb.jpg?s=s&r=1297312502&t=n" border="0"></a><br /><br />「私は私」・「私とあなた」の関係について　～「在日コリアン」を事例に～
　沢知恵（さわともえ）というアーティストがいる。彼女の『Who am I？』1
1995年東京吉祥寺のManda-laⅡでのライブが収録されている2000年リリースのCD（コスモスレコーズ）という音楽アルバムの中には「私はだれでしょう」という歌が収録されている。その歌詞は以下の通りである。
川崎で生まれて　あちこちで育ち
朝は納豆　夜はキムチ　私はだれでしょう
おやじは九州のがんこおやじで
おふくろは韓国のわがままなやつで
ふたりを足して二で割った　私はだれでしょう
I don&#039;t care,I don&#039;t care,
I don&#039;t care,I don&#039;t care,　私はだれでしょう
ブラックミュージックが大好きで
ゴスペルだってかっこよくうたうけど
カラオケじゃ演歌をうたう　私はだれでしょう
あなたなしじゃ生きられないと
さんざんふりまわしたあげくに
つぶらな瞳で愛をささやく　私はだれでしょう
考えすぎて　わからなくなる
爆発しそう　それがどうした
I&#039;m a woman,I&#039;m an artist,I&#039;m everything that I am
私はだれでしょう
私は私　私は私
　この歌詞にうたわれているとおり、沢知恵は「日本人」の父と「韓国人」の母の間に生まれたアーティストである。彼女は日本・韓国・アメリカの三カ国で生活し、そのように三カ国で生活してきた中で「私」とは一体「だれ」なのか、という自問に対する答えを、「女性」「アーティスト」さらには自分をあらわす全てをも含めて「私は私」という言葉で締めくくっている。
　彼女はインタビュー2
「アンニョン！インタビュー」（『アンニョン！』在日韓国青年会.2000.7）の中で「三カ国で生活してきた沢さんにとっての韓国・日本とは？」という質問に対し、「私は「在日」ではなく基本的に日本人だと思っているんです。というのも、私には在日的な経験がないし、しいて言うならアメリカに近い感覚なんですね。アメリカに住んでいた頃は、いろんな血が混ざっていることが当たり前で、私はたまたま父が日本人で、母が韓国人っていうふうにストンって思っていました」と語ると同時に、「私にとっては、地球全体の規模で考えて、たまたま日本と韓国が私の中にあるっていうだけなんですね..]]></description>

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