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		<title>タグ“アダム・スミス”の公開資料</title>
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		<description>タグ“アダム・スミス”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[国富論研究～スミスの価値論～（卒論）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/121930/]]></link>
			<author><![CDATA[ by imomusikaiko]]></author>
			<category><![CDATA[imomusikaikoの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 21 Sep 2015 23:16:10 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/121930/" target="_blank"><img src="/docs/983431331301@hc05/121930/thmb.jpg?s=s&r=1442844970&t=n" border="0"></a><br /><br />アダム・スミスの国富論に関する学士論文（卒論）です。字数は約43千字です。アダム・スミスは経済学の父として知らない人はいないぐらいの偉人ですが、彼の著書「国富論」は古典であることに加えて、非常に大作であることから、内容を知っている人は少ない[356]<br />論文題目　国富論研究～スミスの価値論～
目次
まえがき
1
1章　アダム・スミスの経歴とその著作
2
2章　国富論の構成とスミスの意図
5
3章　スミス価値論　～支配労働価値尺度論と投下労働価値～
8
1節　スミスの分業論について
8
2節　スミス価値論1
11
3節　スミス価値論2
16
4節　第3章のまとめ
23
4章スミス価値論の意義
25
1節　スミス価値論のその後
25
2節　スミス価値論の評価
26
あとがき
27
参考文献
28
まえがき
　国富論あるいは諸国民の富と呼び習わされている書物は「古典」であるという。たとえば、杉山忠平訳・水田洋監訳『国富論』（全四冊）、岩波文庫、2000-01の紹介欄には、不朽の名作であることとか、古典であることとかいったことが強調されている。だが、そもそもなぜ『国富論』は古典であると呼ばれるのであろうか。古典と、時代が経つにつれて忘却されていく無数の書物との違いはそもそも何であるのだろうか。答えは、「何か」をはじめてやったものが古典だとも考えられる。たとえば、『国富論』は史上初めて経済学を体系立てて説明した書物だとされている。しかし、古典と呼ぶにふさわしい書物は、大河内一男氏が言っておられるように、その時代の問題を率直に明らかにし、それに対する大胆な解決策を提示したような書物であるという風な解釈にも大いに同意できる。『国富論』は、重商主義とよばれる政策の下手厚く保護されてきた大商人とかいった既得権益層が一国全体の福祉の増進を妨げているという認識の下、来るべき新時代の原動力となる階層である市民階級の活動を不当に妨げてはならないとして、自由放任（レッセ・フェール）を主張した書物である。『国富論』は18世紀後半のイギリスが抱えていた問題を明らかにし、それに対する大胆な解決策を示した大作なのである。この『国富論』は読み研究することの意義は、まさしくこの時代の問題をスミスがどう捉えていたのかを現代という時代に合って解明し、スミスがその問題に対するどんな処方箋をどういう理由で示したのかを明らかにすることにあると私は考える。歴史は繰り返すという。もちろん、まったく同じことは起きないが、似たようなことは百年か五十年おきにおこるものである。今世を騒がしている金融危機のような危機的状況も、振り返ってみれば今から八十年近く前にも起きていた..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[国富論研究～スミスの価値論～（卒業論文要約）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/121929/]]></link>
			<author><![CDATA[ by imomusikaiko]]></author>
			<category><![CDATA[imomusikaikoの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 21 Sep 2015 22:28:36 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/121929/" target="_blank"><img src="/docs/983431331301@hc05/121929/thmb.jpg?s=s&r=1442842116&t=n" border="0"></a><br /><br />スミスの国富論についての研究論文（学士論文、いわゆる卒業論文）の要約版です。要約版ではない本文は約4万3千字あります。スミスに国富論の概要を知りたい方はどうぞ。[236]<br />国富論研究～スミスの価値論～（卒業論文要約）
　アダム・スミスは1723年にスコットランドのカーコーディという町で生まれた。彼は病弱であったが、頭が賢く、記憶力に優れていた。17歳でスコットランドの名門グラーズゴウ大学に入学し、卒業後はイングランドのオックスフォード大学に留学した。オックスフォード大学は途中で中退したが、その後エディンバラで公開講義を開いた。この公開講義は、彼の最初の著書『道徳感情論』に集約される。この著書で哲学者としての不動の地位を立てたスミスは母校グラーズゴウ大学の教授になった。その後、スミスは、貴族の旅行に、家庭教師として付添い、フランスまで行った。そこで彼はケネーなどの重農主義者と交友した。大陸から帰国後、スミスは『国富論』の執筆を始める。『国富論』は大作で完成までに約10年もの月日を要したが、1776年3月9日についに発表された。『国富論』によりスミスの名はもっぱら経済学者としてのみ知られてゆくことになる。
　『国富論』は全部で五編からなっている。最初の二編は国富論の基礎理論編として位置づけることができ、第一編では分業論から始まる価値論・価格論・分配論の多面的..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[現代経済社会論課題 最終版]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955874000388@hc10/82453/]]></link>
			<author><![CDATA[ by aki1218]]></author>
			<category><![CDATA[aki1218の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 18 Jun 2011 19:42:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955874000388@hc10/82453/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955874000388@hc10/82453/" target="_blank"><img src="/docs/955874000388@hc10/82453/thmb.jpg?s=s&r=1308393768&t=n" border="0"></a><br /><br />「失われた20年」を考えるために1991年から2008年までの失業率・長期失業者率の推移をグラフによって図示したが、日本の失業率は高度経済成長以降からグラフにもあるように1990年代前半までは失業率2％台という他の先進国と比較しても明らかな[330]<br />現代経済社会論
&sect;0．日本の失われた20年とはどのようなものであるか
　この20年が日本にとって「失われた20年」であるということを、下の五つのグラフによって説明していく。
（※なお、グラフを作成するにあたって使用した資料等は各グラフ下に明記する。）
①主要国・地域の名目GDP
資料：IMF World Economic Outlook Database October 2010より作成
URL：http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2010/02/weodata/index.aspx
②G７各国・中国・韓国の名目GDP
資料：IMF World Economic Outlook Database October 2010より作成
URL：http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2010/02/weodata/index.aspx
③日本・アメリカ・中国・EUにおけるGDP成長比
資料：IMF World Economic Outlook Database October 2010より作成
URL：http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2010/02/weodata/index.aspx
グラフのG7の折れ線には日本が含まれているが、G７各国全体としては1991年から右上がりに伸びており、EU、G７、アメリカ、中国と比較することによって日本の停滞がより顕著に表れていると言える。1991年のバブル経済崩壊以降、日本の経済が約20年間にわたって停滞してきたことを如実に物語っている。
景気変動による毎年の変化は決して小さくないが、長期的傾向としては高度経済成長期、オイルショック後の安定成長期(1974年～90年)、低成長期(90年～)へと移り変わるに連れて経済成長率が段階的に低下しているといえる。さらに、2008年には世界金融危機の影響で各国大幅に落ち込んだ。
近年の動きを見るとリーマンショック後の世界不況5.2％という戦後最大のマイナスとなった。オイルショック期同様、世界経済の影響を大きく被る日本経済の体質が浮き彫りとなっている。
④主要各国・地域における失業率
資料：World Data Bank　World Development Indi..]]></description>

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		<item>
			<title><![CDATA[国士舘大学 倫理学概論（後期）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960471950769@hc08/66828/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kino77happy]]></author>
			<category><![CDATA[kino77happyの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 10 May 2010 22:15:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960471950769@hc08/66828/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960471950769@hc08/66828/" target="_blank"><img src="/docs/960471950769@hc08/66828/thmb.jpg?s=s&r=1273497318&t=n" border="0"></a><br /><br />倫理学概論（後期）
イギリス経験論
ヒューム
人間は、社会的存在であり、社会的共存である。
人間の知覚は印象と観念の二つに分けられる。印象と観念には、それぞれ単純と複雑があり、全ての単純な観念は単純な印象から生まれるとした。
人間の本性は、感情であり、理性は、第二義てきなものであるとした。
感情には個人的なもの、社会的なものがあり、社会的な生活の中で、共感を得ることができるとした。
共感は、社会的利益と効用であり、道徳的判断、善悪に関わるものとした。
社会契約は強制力と統制力があるとした。
アダム・スミス
人間には利他心、利己心かあると考えた。人間は他人の視線を意識し、同感したり、同感を得られたりするよう行動するとした。同感という同類感情を基にし、他人である第三者を観察者とみなし、自分を行為者とみなして自己規制をかけるとした。社会的統合にも繋がり、自己規制は、神の見えざる手によるものであるとした。それにより、重商主義を批判した。
啓蒙主義
ルソー
独学で自分の思想を確立し、カトリックへの現実批判をした。
「自然に帰れ」という言葉を残し、自然状態というのは、自然権があることだとした。自然..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[   日本の経済について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429932301@hc06/9839/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tomosada]]></author>
			<category><![CDATA[tomosadaの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 19 Jul 2006 03:00:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429932301@hc06/9839/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429932301@hc06/9839/" target="_blank"><img src="/docs/983429932301@hc06/9839/thmb.jpg?s=s&r=1153245646&t=n" border="0"></a><br /><br />〜はじめに〜
最初、経済と聞いて大丈夫かな〜？と不安になってしまいました。しかし、授業を聞いていると、社会ととても関係があって、自分にまったく無関係ということではないということを教わり、さらに恐れるほど難しくなく、それどころか、これから少[356]<br />現代社会論
日本の経済について
～はじめに～
最初、経済と聞いて大丈夫かな～？と不安になってしまいました。しかし、授業を聞いていると、社会ととても関係があって、自分にまったく無関係ということではないということを教わり、さらに恐れるほど難しくなく、それどころか、これから少し興味を持って新聞の経済面を読もうかな？という気になれました。
理解したこと
働くということは社会に出るということであり、さらに、糧を得るということである。
糧を得るということ。つまり、最も基本的な経済活動の暮らしの糧。＝所得
消費＝欲望の直接・間接の充足のために財・サービスを消耗する行為。生産と表裏の関係をなす経済現象。
所得から税金を払う&rarr;公共サービス（その便宜を多くの個人が同時に教授でき、しかも対価の支払い者だけに堰堤で着ないような財やサービス。公園・消防・警察など。
財を得ようと努力していない人たちの事をNEET（＝Not in Employment, Education or Trainingの略で、「職に就いていず、学校機関に所属もしていず、そして就労に向けた具体的な動きをしていない」若者の事）という。
誰の..]]></description>

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			<title><![CDATA[アダム・スミスの道徳感情論と経済的思想]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430764601@hc06/7380/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cathay]]></author>
			<category><![CDATA[cathayの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 08 Mar 2006 17:25:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430764601@hc06/7380/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430764601@hc06/7380/" target="_blank"><img src="/docs/983430764601@hc06/7380/thmb.jpg?s=s&r=1141806357&t=n" border="0"></a><br /><br />　本レポートでは、まず、アダム・スミスの『道徳感情論』の「同感」という考え方について考察する。
　道徳感情論とは、アダム・スミスがグラズゴウ大学で道徳哲学(moral philosop hy)の教授として、1752年以降行ってきた講義のう[310]<br />アダム・スミスの道徳感情論と経済的思想 
１． 
本レポートでは、まず、アダム・スミスの『道徳感情論』の「同感」という考え方につ
いて考察する。 
道徳感情論とは、アダム・スミスがグラズゴウ大学で道徳哲学(moral philosop hy) の教
授として、1752 年以降行ってきた講義のうちの論理学に関する部分を集大成させたもので
ある。アダム・スミス(Smith Adam 1723-1790)は、イギリスのスコットランド生まれの経
済学者、哲学者（論理学者）で、経済学の始祖とも言われている人物である。 
そのスミスが書いた『道徳感情論』という書物の中で、一部スミスは基本的な問題感心
を取り上げているが、この部分は、現代の我々の日常生活にも非常に浅く広く関係してい
ると思われたので、本レポートで、その一部、道徳感情論の中の「同感」という人間の感
情はどのように人間の中に生まれていくのかという興味深い人間の感情的一面観察を、ス
ミスの見解の変動という点に主眼をおきながらまとめたい。 
スミスは、各個人が自己中心的な考え方や、それに基づく行動を行う時、見知らぬ他人
がその考え方やそれに..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[アダム・スミスと彼の経済理論について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431792401@hc05/6280/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cdg34650]]></author>
			<category><![CDATA[cdg34650の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 05 Feb 2006 15:51:49 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431792401@hc05/6280/" target="_blank"><img src="/docs/983431792401@hc05/6280/thmb.jpg?s=s&r=1139122309&t=n" border="0"></a><br /><br />　アダム・スミスの生きた18世紀はフランス、イギリスの覇権をかけた国家対決の世紀であった。スペイン継承戦争(1701〜14年)に始まり、オーストラリア継承戦争(1740〜48年)、７年戦争(1756〜63年)、アメリカ独立戦争(1775〜8[296]<br />アダム・スミスと彼の経済理論について
アダム・スミスの生きた18世紀はフランス、イギリスの覇権をかけた国家対決の世紀であった。スペイン継承戦争(1701～14年)に始まり、オーストラリア継承戦争(1740～48年)、７年戦争(1756～63年)、アメリカ独立戦争(1775～83年)、フランス革命戦争・ナポレオン戦争(1793～1815年)と、世紀を通じて断続した重要な世界戦争において経済的覇権と植民地争奪を争い、イギリス植民地帝国が形成され、その後アメリカ植民地の解放闘争がたたかわれた時代であった。この諸国民の敵対する世界、戦争の世紀こそがアダム・スミスの歴史的背景であり、『諸国民の富』は「諸国民の敵対」という現実及び現実擁護的諸命題に対置した現状改革のヴィジョンにほかならない。
アダム・スミス(Adam Smith,1723-1790)はスコットランドのエディンバラの対岸に位置するカーコールディで生まれた。17歳で、当時めざましい発展に向かいつつあるグラスコーに赴き、開明的で新しい学問的気風にあふれたグラスゴー大学に学び、さらに20歳以降6年間オックスフォードに学んでいる。その後、1..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[経済倫理と公共性]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431665301@hc05/6249/]]></link>
			<author><![CDATA[ by getterj]]></author>
			<category><![CDATA[getterjの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 04 Feb 2006 21:34:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431665301@hc05/6249/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431665301@hc05/6249/" target="_blank"><img src="/docs/983431665301@hc05/6249/thmb.jpg?s=s&r=1139056462&t=n" border="0"></a><br /><br />　今期の講義では、アダム・スミス、ルソー、コンドルセそれぞれの経済倫理観について学んだ。
　近代から現代社会にかけて拡大した市場経済は、一見すると倫理から程遠いシステムであるだろう。市場に上る誰もがそれぞれの欲求・利己心に基づいて行動する[356]<br />経済倫理と公共性
今期の講義では、アダム・スミス、ルソー、コンドルセそれぞれの経済倫理観について学んだ。
近代から現代社会にかけて拡大した市場経済は、一見すると倫理から程遠いシステムであるだろう。市場に上る誰もがそれぞれの欲求・利己心に基づいて行動するのであるから、市場経済が発展することは利己心（私悪）を生かし成長させ、道徳を腐敗させることであるようにも思われる。
「近代人の行動は利己心に基づき各個人の幸福を追求した結果である」という考えが、近代商業社会の中で経済と倫理の成長と衰退を重く見たアダム・スミス、ルソー、コンドルセ三者に共通したものであった。
とは言え、「利己心（あるいは自己愛）」そのものについての考え方が三者三様に異なっていた。
アダム・スミスの考え方は、「利己心は利己心を以って抑える」というものである。各個人が持つそれぞれの「利己心」の中には「他人の共感（観察者の同感）を得たい」という欲望も含まれており、その他人（観察者）を神や国や友人ではなく、利害関係のない第三者つまり見知らぬ誰かに置くことによって、誰かが見ているからといったその場限りの理由からではなく、ただ欲望そのま..]]></description>

		</item>

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