連関資料 :: プラトン

資料:13件

  • プラトンとイデア
  • プラトンは、ソクラテスを通じて、知と徳の一致、真理愛などを説いたが、かれの根本思想の一つは、「イデア」である。この世のすべての存在は、それに対応するイデアの模倣に過ぎない。そして最高のイデアは、「善」のイデアであり、それはまた神である。  現実の民主政を、無知な大衆の支配するものと落胆していたプラトンは、著書『国家論』のなかで、理想国家の姿を描いた。それによれば、国家や人類一般の悪を根絶するためには、哲学者が君主になるか、あるいは現在の支配者が本当の意味の哲学をなして、政治と哲学とを結合させなければならない。  その国家の最大の使命は、善のイデアを実現することにあり、個人はその国家目的にまったく適応しなければならない。財産も妻も共用であり、教育、身分および職業の選択、芸術や科学活動すべてが支配者の指導によって行われる。結婚をして子供を生む年齢までが、その指導者によって定められる、と説いた。  プラトンの考えでは、国家そのものが一大教育機関であり、大規模な家庭にほかならなかったのですプラトンは、最も幸せな生活をするには、最も良い政治を持たねばならない、といっている。そして、最もよい政治とは、独裁であるという。そして最悪の政治が、民主主義である。  この理由を説明するには、プラトンでさえ1000頁かかったわけであるから、とてもここではできない。簡単に言うと、世の中には、頭の良い人間とか、頭の悪い人間がある。全体としては、あまり有能な人間は少ない。ならば、少数の最高に有能な人間が政治を行って、多数の政治に興味がなく、政治のことをよくわからない人間は、そういった天才的な政治家についていけばよい。全員できめるとなると、だいたいその場の流行や、雰囲気に流され、場合によって非常に危険なことにもなる。一人の天才に任せれば、そういった危険なことはない、ということだ。プラトン以降、2200年ぐらい、専制政治が政治の中心だったのは、こういったプラトン哲学の影響もあるのだろう。
  • レポート 哲学 プラトン イデア アリストテレス
  • 1,100 販売中 2005/07/30
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  • プラトンの想起説についての考察
  • 「メノン」に書かれた「想起説」は現代においても説得力があるだろうか。 問題とされているのは「人間が知識を獲得する過程」であると読めるので、自分の頭でそのことをゼロから考えてみたい。 「想起説」を時に批判的に時に現代的解釈に置き換えて眺めつつ考えてみたい。 まず「生まれてくる前にすでにあらゆるものを学んでしまっている」という魂の不死に関して、自分が知る限り(=触れてきた情報による限り)、不死であるのは、現在までのところ究極的には「超ひも」と呼ばれる「最極微の存在」である。生兵法覚悟で思考実験を試みてみたい。 それらの絡み合い(ランデブー)によって段階的にクォーク・(電子)・陽子・中性子・原子核・原子・分子等点状粒子等の物質、また重力・電磁力・強い力・弱い力等のエネルギー、光や波や熱等の現象かつエネルギーとして宇宙が形成されている、とする。  超ひもを根源的な基体としてDNA(遺伝子)も作られているが、このDNAが「情報記憶媒体」として生命の発現と共に幾世代も綿々と受け継がれて来ている事情が「この世界の実情」ならば、現在生きている我々「生命(人間も含む)」が、過去にDNAが触れた情報を保持していて然るべきことであるだろうと考えられる。その意味で、プラトンが推測した「想起説」には同意できるだろう 
  • レポート 哲学 プラトン イデア
  • 550 販売中 2006/05/04
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  • プラトンの理想国家論
  • まず、古代ギリシアにおける社会観は氏族性社会で秩序とは家長や氏族長の意志や王の裁きが秩序であり、法であった。「法的支配といっても、支配組織は一種の暴力装置でやむをえないことになる」※1。また「支配、被支配の政治的場面で、とにかく権力や暴力の事実が目立つ以上、暴力を人間の原始的本姓、あるいは『人間の原始的自然』(anthrōpeiā physis アントゥローペイアー・ピュシス=human nature)と見なして承認するばかりか、それを賛美する権力主義者が出て来るのも、自然なことかもしれない。」とあるように、当時のギリシアは権力主義だったようである。
  • レポート 論文 哲学 プラトン 理想国家 国家論
  • 550 販売中 2014/02/06
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  • 「メノン」に見る、プラトンにおける「知」のスタンス
  • 「メノン」は、テッタリアの青年メノンと、プラトンの師ソクラテスによる対話の形で綴られる。対話のきっかけは、メノンの「徳とは人に教えられるものか、それとも訓練によって身につけられるものか、それともまた生まれつきの素質であるのか」という問いである。それに対しソクラテスは、直接答えを授けることはせずに、メノンと共に考えようとする姿勢をとり、ある程度議論が決着するところまで進めてく。 あくまで対話の主題は「徳」についてであるが、その道中には「知」とか「知識」というものについての、プラトンからの主張が見受けられる。 まず、メノンの問いに対しての「自分はそもそも徳というものが何であるかしらないし、それを知っている人物に出会ったこともない」という答えや、メノンが語る得の定義が、徳の要素を並べ立てているだけで、それらに共通する「全体的に見て徳とは何か」を説明できていないと指摘し、メノンとその師ゴルギアスをして、徳というものが何であるか知りえていないということを解き明かす。「無知の知」とはソクラテスに於ける中心的な態度であるが、ここではソクラテスがメノンにその無知を自覚させる場面を示すことによって、ソクラテスの弟子であるプラトンも、その態度に同調していることがわかる。
  • レポート 哲学 西洋哲学 想起説 ソクラテス プラトン 無知の知
  • 550 販売中 2006/01/12
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  • プラトンの思想における二世界性について述べよ。
  •  プラトンは、ソクラテスを通じて、知と徳の一致、真理愛などを説いたが、かれの根本思想の一つは、自然と人間社会を統一的に説明するイデア論である。プラトンはイデア論をポリスのあり方にも適用し、「哲人国家論」を展開した。人間のなかでとくに善のイデアを知り、正義にもとづいてポリスを統合できるのは、ソフィアの徳にすぐれた哲人だけであるとした。尊敬する師ソクラテスを死刑に追いやったのは、貴族(アリストス)に対する平民(デモス)の支配を意味した民主制(デモクラツィア)が、普通の市民を支配者にして、ポリスの正義を破壊したためだというのである。  このことに落胆していたプラトンは、著書『国家』のなかで、理想国家の姿を描いた。それによれば、国家や人類一般の悪を根絶するためには、哲学者が君主になるか、あるいは現在の支配者が本当の意味の哲学をなして、政治と哲学とを結合させなければならない。  その国家の最大の使命は、善のイデアを実現することにあり、個人はその国家目的にまったく適応しなければならないと説いているのである。  例えば、我々が見たり書いたりできる三角形は、実は皆不完全なものである。完全な三角形を知らないのに、なぜ我々はそれが三角形だとわかるのであろうか。プラトンによれば、かつて人間の魂はものの完全な原型、すなわちイデアからなる「善のイデア」を最高とするイデアの世界に住んでいた。肉体が生活する地上界は、イデア界の粗悪な模造の寄せ集めで、そのイデアの不完全な影にすぎないのである。しかし、もとのイデアを知っている人間の魂は、その不完全な影からでもたとえば三角形だとわかるのだとプラトンは説明している。つまり我々が住んでいる世界が現象界であり、この世界は不完全な法と道徳があり、美醜の存在する世界としたのだ。つまり現象界とイデア界の二つの世界の関係が二世界性である。
  • レポート 哲学 プラトン 二世界性 国家 イデア
  • 550 販売中 2006/02/09
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