社会政策と社会事業の関係について

閲覧数3,130
ダウンロード数31
履歴確認

    • ページ数 : 3ページ
    • 全体公開

    資料紹介

    日本における本格的な社会事業論の成立・展開は、第2次世界大戦頃であり、主に社会政策との対比において論じられた。その体表的な論者は大河内一男が挙げられる。1938年「わが国における社会事業の現在及び将来――社会事業と社会政策の関係を中心として」(大河内一男)が発表された。筆者は大河内氏の社会事業と社会政策の関係を明確し、社会政策の課題を提示したいと考えた。

    資料の原本内容

    社会事業と社会政策の関係について
    1.はじめに
    2.社会事業と社会政策
    a)社会事業の発展
    b)社会政策の発展
     c)社会事業と社会政策の関係
    3.社会政策の課題
    4.終わりに
    1 初めに
    日本における本格的な社会事業論の成立・展開は、第2次世界大戦頃であり、主に社会政策との対比において論じられた。その体表的な論者は大河内一男が挙げられる。1938年「わが国における社会事業の現在及び将来――社会事業と社会政策の関係を中心として」(大河内一男)が発表された。筆者は大河内氏の社会事業と社会政策の関係を明確し、社会政策の課題を提示したいと考えた。
    本稿はいちいち文献を明示して引用したり註を付けたりはしない。
    2 社会事業と社会政策
    a)社会事業の発展
    第1次大戦後の不況のなかでの低所得層の増大に対応して、住宅・医療・消費・金融・職業などの諸分野にわたって生活保障制度が公的な施策として整備されていった。これらを総称して社会事業という。
    社会福祉事業の前身は、社会事業である。社会連帯的社会事業論が形成されたのは昭和が始まってからだといえよう。生江孝之は「社会事業の父」とも呼ばれ、内務省嘱託として社会事業成立に貢献し、社会事業専門教育にも携わった。生江の代表的な著書に『社会事業綱要』がある。社会事業設立当時の官僚であった田子一民は1922年に『社会事業』を、小河滋次郎は『社会事業と方面委員制度』を1924年に発行している。山口正は、ドイツの社会事業理論研究者ザロモンの影響を色濃く受け、1933年に『社会事業研究』を発表した。日本における本格的な社会事業論の成立・展開は、第2次世界大戦を控えたファシズムの嵐が吹き荒れる頃であり、主に社会政策との対比において論じられた。その代表的な論者は、大河内一男が挙げられる。
     b)社会政策の発展
     社会政策とは、社会において発生した問題を解決するための公共政策の体系をいう。
    社会政策の歴史は、定義によってその始まりが変る。しかし、資本主義の成立以降の社会政策を対象とするのが一般的だ。大河内理論以来の歴史的解釈では,社会政策は労働政策と等価に扱われてきた。しかし,現代的な解釈をするならば,福祉国家全体を視野におさめた議論から社会政策の概念を捉え直す必要がある。社会政策は社会問題全般を対象とした「人間政策」としての大きな幅を持つものとならなければならない。このように,今日の社会政策には種々の領域を包括する役割が期待されており,その施策は多様な側面を持っている。
    c)社会事業と社会政策の関係  大河内の社会事業論においては、資本制経済の再生産に必要不可欠な存在としての「生産政策」である社会政策と、「経済秩序外的存在」を対象とする社会事業を全く別のものとして区別する。社会事業は社会政策の対象からこぼれおちた者に対して機能するものであり、その意味で社会政策の補充的位置づけにあり、その基本的性格は生産政策に従属的なものであるとした。
    大河内氏の社会政策が「労働力」を対象にしたものであるとすれば、「非労働力」はその枠組みから除外するしかない。かくして、大河内氏は「社会政策」と「社会事業」を以下のように峻別した。大河内氏はいう。「社会政策が、国民経済における生産者としての資格における要救護性(或いは要保護性)にその課題を見出すのに対して、社会事業は同じく要救護性を、即ち各自の自己救助のみを以ってしては当該個人の肉体的ないし精神的生活が順当に保証し得ない場合を、問題とするものであるが、この場合における要救護性は、生産者たる資格との連関において問題とせられるのでなく、それ以外の資格において採り上げられてきたのである」、「このように、社会事業の場合における要救護性は、資本制経済との優れた意味での連繋を断たれ、社会的分業の一環たることを止めた場合における経済的、保健的、道徳的、教育的等の要救護性であり、この意味でそれは、資本制経済の再生産の機構から一応脱落した、謂わば経済秩序外的存在だと言うことが出来るであろう」
    「一旦社会政策と社会事業が峻別されたにもかかわらず、戦時体制下においては両者の歩み寄りという現象が生じ、それが大河内氏による両概念の新たな関連性の説明にまで及んでいった。」
     
    3 社会政策の課題
     人間は、それぞれ価値観を持って生きていく存在であるが、その前提には日々の生活、さらにライフ・サイクルにわたる生活を安定させ、その質の向上をはかっていかなければならない。しかし、経済社会の変動は、人々にさまざまな不測の事態をもたらし生活基盤を崩してしまうかもしれない。一方資本主義経済体制は、その市場機構をつうじて諸資源の効率的な配分を行うところにあるが、市場機構は必ずしも万能ではない。資本主義の自由市場経済のもとで、福祉と人間生活の基礎をどのように確立していくかが社会政策の課題であった。1970年代後半から1980年代にかけて、日本社会はいくつかの重大な試練に直面した。社会政策の領域についていえば、高齢化社会の到来にいかに対処していくべきかという課題がそれである。社会政策の主要課題は、社会保障はもちろんのこと、徐々に保健医療、福祉サービス、住宅等へと移行していく。まだ、21世紀福祉国家は、ジェンター、移民などの民族・人種などの諸問題を包括し、かいけつしていかねばならない。それと関連して、グローバリぜーシュンに伴う福祉国家間の相互調整、市民の権利、参加民主主義などの課題も重要である。
    4 終わりに
     以上社会事業と社会政策の関係をまとめた。社会事業と社会政策の全体課題や方向性に関する議論に深く踏み込むことはできなかったが、社会政策の領域について、高齢化社会の到来にいかに対処していくべきかという課題を提示した。
    参考文献
    大河内一男(1938)「わが国における社会事業の現在及び将来――社会事業と社会政策の関係を中心として」社会事業 

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。