慶應通信 2022年度 債権各論 第Ⅲ回科目試験代替レポート(A評価)
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科目名:債権各論/2022年度第Ⅲ回科目試験(試験代替レポート)
第1 Bに対する請求
1.侵害利得に基づく不当利得返還請求
BがCの100万円を盗取している(権利の侵害)。そして、Bがその100万円を保持することについて法律上の原因がないことは明らかである(法律上の原因の不存在)。また、Bが上記法律上の原因がないことについて悪意であることも明らかである(悪意の受益者)。
したがって、Cは、Bに対して、侵害利得に基づく不当利得返還請求として100万円及び利息の返還請求をすることができる(民法704条前段)。
2.不法行為に基づく損害賠償請求
BがCの100万円を盗取した行為は、Bが「故意」によってCの100万円という「権利又は法律上保護される権利」を「侵害」しているので、不法行為に当たる。そして、当該行為によってCに100万円の損害が発生している。
したがって、Cは、Bに対して、不法行為に基づく損害賠償請求して100万円の請求をすることができる(民法709条)。
第2 Aに対する請求
1.金銭所有権に基づく盗取金返還請求
(1)問題の所在
ア.Cの請求内容
Cは、Aに対して、Bから弁済として提供された100万円はCの所有物であることを理由とする所有権に基づく返還請求権に基づいて100万円の返還請求をすることができるか。
イ.所有権に基づく返還請求権の成立要件
所有権に基づく返還請求権の成立要件は、①目的物を所有していること(C所有)、②相手方の占有による所有権侵害(A占有)、③相手方が正当な権原に基づく占有ではないこと(占有正権原の不存在)、である。
ウ.本件における問題点-要件①の充足性
本件では、上記要件のうち、特にCが上記100万円の所有権を有しているといえるか(要件①)が問題となる。
(2)判断枠組み-金銭占有者=金銭所有者の原則
この問題について、金銭は、有体物であり、動産の一種であるが、通常は物としての個性を有さず、金銭に表象された価値自体が重要である。そして、その価値は金銭の所在に随伴する。
したがって、原則として、金銭の所有権者は、金銭の占有者と一致すると解される(金銭占有者=金銭所有者の原則。最判昭39・1・24判時365号26頁)。
なお、当該金銭を如何なる理由によって取得したか、又は、その占有を正当化する権利を有するか否かに関わらない。
(3)本件の検討-要件①不充足
本件において、Bが100万円を盗取した時点で、その100万円の所有権はCからBに移転している。その後に、BはAに対して100万円を弁済しているから、その100万円の所有権は最終的にはAに帰属している。
したがって、Cは100万円の所有権を有していない(要件①不充足)。
(4)結論
以上より、Cは、Aに対して、所有権に基づく返還請求権に基づく100万円の返還請求をすることができない。
2.不当利得返還請求権に基づく盗取金返還請求
(1)請求の要旨
Cは、Aに対して、不当利得返還請求権に基づいて100万円の返還請求をすることができるか。
(2)不当利得返還請求権の成立要件
不当利得返還請求権の成立要件は、①返還請求の相手方となる者の受益(A受益)、②返還請求をする者の損失(C損失)、③受益と損失の因果関係、④受益の保持について「法律上の原因」がないこと(法律上の原因の欠如)、である(民法703条)。
(3)受益及び損失
ア.Cの損失
CはBから100万円を盗取されているので、Cに100万円の損失が生じている(要件①充足)。
イ.Aの受益
BはAに対する貸金債務の履行として上記100万円を提供し、Aはこれを受領しているので、Aに100万円の受益が生じている(要件②充足)。
(4)受益と損失の因果関係
ア.問題の所在
このように、Cから盗取された100万円がBの資産に入り込んだ上で、Aに移転したという状況が認められる。しかし、金銭は、通常、物としての個性を有さないことから、Aの受益はBの弁済に由来するのであって、Cに由来するものではないとの反論が考えられる。
そこで、受益と損益の間に因果関係が認められるかが問題となる。
イ.判断枠組み-社会通念上の因果関係
この問題について、金銭は、通常、その物自体ではなく、金銭に表象された価値自体が重要なので、損失を惹起した金銭と受益を惹起した金銭との間に、金銭の物としての同一性ではなく、価値の同一性が認められれば、受益と損失の因果関係があると解されるべきである。
したがって、社会通念上、返還請求をする者の損失によって、返還請求の相手方となる者の利益が生じたと認められるだけの連結(=社会通念上の因果関係)がある場合、具体的には、元々の金銭の所有者が当該金銭を盗取されたことと第三者が弁済を受けたこととの間に、社会通念上、当該所有者の金銭が盗取されたからこそ当該第三者に対する弁済が行われたと認められるだけの連結がある場合に、当該所有者から盗取された金銭と第三者に弁済された金銭に価値の同一性が認められるので、受益と損失の因果関係が肯定される(最判昭49・9・26民集28巻6号1243頁)。
ウ.本件の検討
本件において、BはCから100万円を盗取したからこそ、履行期日到来時に返済の目途が立っていなかったにもかかわらず、Aに対する貸金債務の弁済としてその100万円を提供することができたと認められるので、社会通念上、Cの損失によってAの利益が生じたと認められるだけの連結(=社会通念上の因果関係)があるといえる。
したがって、Aの受益を惹起した金銭とCの損失を惹起した金銭に価値の同一性があるので、受益と損失の因果関係が認められる(要件③充足)。
(5)「法律上の原因」の欠如
ア.問題の所在
不当利得返還請求権に基づいて盗取金返還請求が認められるためには、受益者による金銭の保持が「法律上の原因」のないものと評価されなければならない。しかし、受益者は金銭の占有者であり、金銭の所有者であるので、受益の保持について「法律上の原因」があるとの反論が考えられる。
そこで、「法律上の原因」の欠如が認められるかが問題となる。
イ.判断枠組み-受益者の悪意又は重過失
この問題について、不当利得制度の趣旨は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が、公平の理念に基づいて、利得者に対して、当該利得の返還義務を負担させる点にある。
ところで、金銭には占有と所有の一致という特殊性があるので、盗取された金銭の所有権は、その占有に伴って盗取者に帰属することになる。しかし、金銭の重要性は物自体ではなく、価値自体にあるので、金銭自体が盗取されたとしても、その金銭の価値は、依然として被盗取者に帰属しているとみるべきである。また、上述の通り、被盗取者が盗取された金銭と受益者が取得した盗取金には価値の同一性(受益と損失の因果関係)が認められている。
したがって、受益者において、弁済として受領した金銭が盗取金であることについて知り(悪意)又は重過失により知らなかった場合は、受益者が被盗取者に帰属している金銭の価値を侵害していると評価することができるので、当該金銭(盗取金)の受領について「法律上の原因」を欠くと解されるべきである(最判昭49・9・26民集28巻6号1243頁)。
ウ.本件の検討
問題文上、Aにおいて、Bから貸金債権の弁済として受領した100万円がCから盗取された金銭であることについて悪意又は重過失であったか否かについて不明であるため、以下の通りに場合分けして検討する。
(ア)悪意又は重過失の場合
Aにおいて、Bから貸金債権の弁済として受領した100万円がCから盗取された金銭であることについて悪意又は重過失であった場合、当該受領について「法律上の原因」の欠如が認められる(要件④充足)。
(イ)善意無重過失の場合
Aにおいて、Bから貸金債権の弁済として受領した100万円がCから盗取された金銭であることについて善意無重過失であった場合、当該受領について「法律上の原因」の欠如は認められない(要件④不充足)。
(6)結論
以上より、Aが悪意又は重過失の場合、Cは、Aに対して、不当利得返還請求権に基づく100万円の返還請求をすることができる。Aが善意無重過失の場合、Cは、Aに対して、不当利得返還請求権に基づく100万円の返還請求をすることができない。
3.補論-詐害行為取消権による処理の可能性
金銭騙取事例は不当利得制度によって処理されるべきではなく、責任財産保全制度によって処理すべきであるとする見解がある。
責任財産保全制度によって処理する場合、無資力である騙取者が行った詐害行為を理由とする詐害行為取消権(民法424条以下)の問題となる。そして、本件を詐害行為取消権の問題として構成した場合、CのBに対する被保全債権(不当利得返還請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権など)がBの行為によって害されたと捉え、Bが無資力のときに、悪意の受益者Aを被告として、Cが詐害行為(=BのAに対する100万円の弁済)の取消しを裁判所に求めるという構成になる。
以上
<参考文献>
① 潮見佳男『基本講義 債権各論Ⅰ 契約法・事務管理・不当利得〔第4版〕』(新世社、2022年)
② 山本敬三監修『民法6 事務管理・不当利得・不法行為』(有斐閣、2022年)
③ 根本尚徳ほか『事務管理・不当利得・不法行為』(日本評論社、2021年)