環境問題と情報資本主義

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    <生長>と<成長>
    昔は<生長>と<成長>を使い分けていた。植物には<生長>をあてがい、動物には<成長>を。教育の現場は原則として文部科学省の『学術用語集』にしたがうのだが、『学術用語集-植物学編-』では<生長>、『学術用語集-動物学編-』では<成長>とあった。それが改訂を経て、現在の『学術用語集』ではどちらも<成長>に統一された経緯がある。これを背景に新聞もいまは<成長>を使う。
    量的な増加を<生長>、質的な発達を<成長>とする概念わけがあって、植物では、構造はそのままにサイズだけが大きくなるイメージが強く、動物は、幼児期と成人期とで大きさとともに形態が変わるイメージがあるのが、使い分け使い分けていた理由のようだ。さなぎが蝶になる、変態(メタモルフォーゼ)は量より質の典型だ。
    さてここで環境の問題を考えるのに、しばらくあえて<生長>と<成長>を使い分けてみたい。そうすることで、たとえば風力発電や電気自動車といったテーマ とはかけ離れたところに、環境問題解決の糸口を見つけられそうだから。
    <生長>次元の環境論争
    使いわけてみると、普段GDPの成長率を論じているのは、あれは<生長>のことだったと気づく。量的な増加のみを議論していて、質的な発達のことを横に置いていた。
    それだけではない。量的な増加がなくとも、質的に発達する<成長>が可能なのではないかと、「成長」議論に新しい展望が開けることになる。
    環境問題は「成長」への制約要因として議論されることが多い。つまり、もうこれ以上の自然からの天然資源の簒奪はできない、このままでは私達の社会と経済の「持続性」に危険信号が点灯する。だから1.「成長」をあきらめるか、2.資源効率をあげ、同時に3.エネルギー源のシフトを促進する必要がある、という議論が行われている 。この論じ方の根底には、天然資源の使用量とGDPの金額はパラレルに動くという発想がある。だから<生長>次元の環境論争といっていいだろう。
    <成長>次元の環境問題解決の糸口
     「Think different」。Appleがやったことには、<成長>次元の環境問題解決の糸口があるように思われる。
    もう5年以上も前のことになる。当時PCメーカーだったAppleは音楽配信事業に乗り出した。2003年4月ネット上にiTunes Music Storeをオープン。他社先行事例と異なり、月額、年額の会費はとらない。ユーザーは1曲の価格を99セントで、アルバムなら価格は9.99ドルで、ダウンロードして買えるようになった。
    おかげで、お気に入りの音楽を選び、買い、自分のものにして楽しむ、一連の「fun」をユーザーは手に入れた。今ではもうあまりにも当たり前のことだが、当時そんな楽しみは店頭になかった。
    まず品揃え。iTunes Music Storeは5大レーベルの総計20万曲のライブラリを備えていた(当時)。リアル店舗では実現できない膨大な量。それに仮にリアルな小売店で並べられても、全部を探す事はできない。ところがここでならユーザーは、タイトル、アーティスト、アルバム名から楽曲を自由に検索できる。しかも購入前に無償で30秒間試聴することが可能。購入は「ワンクリック」。簡単。たった「99セント」でこんなことができるようになった。
    何の対価か、誰への対価か
     「99セント」は、お気に入りの音楽を選び、買い、自分のものにして楽しむ、一連の「fun」に対する、さらに突き詰めると、「fun」を実現してくれる仕組み・インフラに対する対価だ。ここが重要。なぜ楽曲に対する対価ではないのか。
    Appleは2009年1月7日、米国におけるiTunes Store配信の楽曲全部を「DRMフリー」にすると発表した 。「DRM」とはコピーなどの操作に対し制限を設けること。それが「フリー」とは、コピーし放題、ということ。コピーし放題では、楽曲が売れなくなる、と人はいうだろう。現に版元のレーベル会社の反対から、これまでは制限(これが「DRM」)がかかっていた。しかし「売れなくなる」と思うのは、「99セント」が楽曲の対価だとする発想が根底にあるから。
    ユーザーは「fun」を実現してくれる仕組み・インフラに対し、「99セント」を支払う。「99セント」のおかげで、音楽家と音楽愛好家の幸せな「マッチング」が実現する。音楽家は、自分の創作した楽曲が聴いてもらえるのがまずうれしい(happy)。音楽愛好家は、お気に入りの音楽に出会えてうれしいうえに、親しい人に「これすごくいいから、聴いて聴いて」と(著作権を気にせず)渡してあげられて、さらにうれしい(happy)。親しい人から「これすごくいいから、聴いて聴いて」と渡されて、自分も気に入ったその友人は、音楽家の次の新曲を、今度は「買う」ことになるだろう。
     「DRM」をかけるより、「DRMフリー」のほうが、音楽家と音楽愛好家の幸せな「マッチング」の総和は増えるのだ。モノに対価を支払う産業資本主義から、「fun」に対価を支払う情報資本主義へのパラダイムシフトがここにある。
    5年の実績からようやく、米国では、Appleの主張が理解を得られ、「DRMフリー」のビジネスモデルがスタートした。
    無論「99セント」を原資に、音楽家(作曲家、作詞家、演奏家など)への支払いも行われる。だがその意味合いは、パラダイムシフトの前と後とでは異なる(補論参照)。
    情報資本主義の射程距離
    さて音楽家と音楽愛好家の幸せな「マッチング」を実現するのに、CDを介するやりかたと、ネットを介するやりかたとがある時、どちらが天然資源の簒奪から遠いだろう。
    あきらかに情報資本主義の方に軍配があがる。今後、情報資本主義をこういう方向へドライブさせ、使うなら、天然資源の使用量とGDPの金額との関係に楔を打つことができる。GDPを増加させつつ天然資源の使用量は減らせる。
    要は<生長(量的な増加)>を抑制しながら、<成長(質的な発達)>が得られ、「fun」と「happy」の総和が増える、社会のメタモルフォーゼが実現する可能性が開けてくる。
    (補論)上記の仕組み・インフラへの対価支払いというコンセプトは、これからの資本主義のあり方、公・共・私の区分を考える上である示唆を含む。取引決済と商品(モノ及びサービス)が一対一対応していないものといえば、税金支払いと行政サービスの関係が思い出される。またイスラム金融での喜捨の構図、神への支払いと神からの恩寵とも、実は相似形だ。
    また「DRMフリー」モデルは介護のようなケアの領域、従来無償論理世界(例:家庭)で扱われていたものの有償論理世界への接続方法についても、ヒントとなるだろう。
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    情報社会生活マンスリーレポート 09年02月号
    【今月の参考クリップ】
    1.
    ・「石油経済から『太陽経済』へ」議事録
    http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/08122201.html
    http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/08122201.pdf (資料)
    米国の住宅不動産という限られたセクター始発ではあったが、、証
    券化を通じて金融セクター全体に伝播したのが今回の危機の特徴。(by 神宮司信也)
    2.
    ・地球温暖化対策の本質を考える~グリーン・ニューディールを進めるにあたって~
    http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/books1/20090113/20090113144.pdf
    地球温暖化問題とはどのような問題か、解決に資する技術ツール、
    これを活用するための経済手法について整理。よくまとまっている。(by 神宮司信也)
    3.
    ・日本のユーザーはデジタルコンテンツの破壊者か
    http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20090119/1011488/?P=4
    「買ってくれる消費者が満足できる仕組みを整え、消費を増やす」
    という発想。listener を増やすことで購入者を増やせ。(by 神宮司信也)
    【参考情報】
    ・『現代社会の理論』 著者:見田宗介 岩波新書(1996年10月)
    ・Think Different アップルがやった事(1)
    http://kinyuu-literacy.hp.infoseek.co.jp/tips_030517.html
    ・Think Different アップルがやった事(2)
    http://kinyuu-literacy.hp.infoseek.co.jp/tips_030608.html
    Column
    環境問題と情報資本主義
    神宮司信也

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