慶應通信 2022年度 刑法各論 D評価代替レポート
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※D評価となった要因は、字数制限(3000字以内)を無視して4000字程度(脚注を含めると9000字)のレポートにしたことにあると思っています。
第1 小問1
1.Aに対する1項詐欺罪の成否
甲が土地Xを更にBに売却したのは、Aへの売却後に偶然Bが現れたからである。そうすると、甲は、Aに売却する時点から二重売買する意図を有していたとはいえない。
したがって、甲が土地XをAに売却した行為は、欺罔行為に該当しないので、Aに対する1項詐欺罪(刑法246条1項)は成立しない。
2.Aに対する委託物横領罪の成否
(1)検討すべき甲の罪責
甲が既にAに売却した土地Xを更にBに売却した行為について、Aに対する委託物横領罪(刑法252条1項)が成立するか。
(2)構成要件
委託物横領罪の構成要件は、①「自己の占有する」、②「他人の物を」、③「横領した」、④故意、である。
(3)「他人の物」(他人性)
ア.判断枠組み
「他人の物」とは、他人の所有する物をいう。そして、他人に物に対する所有が認められるか否かは、基本的に民事関係を基礎として判断する(民法従属性)。そうすると、原則として、所有権は当事者の意思表示によって移転することになる(民法176条)。
しかし、刑罰を手段として法益保護を図る刑法上の他人性の解釈にあたっては、刑罰を用いるだけの要保護性が必要である。
したがって、①当事者の意思表示に加えて、②買主が代金の全額または大部分を支払っている場合に、買主が横領罪としての保護を受けるに値する所有権の実質を備えたと評価できるので、「他人の物」に該当すると解されるべきである。
イ.本件の検討
本件において、①甲・A間で土地Xの売買契約を締結し、②買主Aは甲に土地Xの売却代金5,000万円(全額)を支払っているので、Aは横領罪としての保護を受けるに値する所有権の実質を備えたと評価できる。
したがって、土地Xは、Aの所有物といえるので、「他人の物」に該当する。
(4)「自己の占有」
ア.「占有」
(ア)判断枠組み
横領罪は、自己が占有する財物を自由に処分して、所有者・委託者に損害を与える行為を処罰する犯罪であるから、横領罪における占有は、他人の物の処分可能性を意味すると理解すべきである。
したがって、物に対する法律的支配にも処分可能性が認められるので、横領罪における「占有」には、物に対する事実的支配だけでなく、法律的支配も含まれる(大判大4・4・9刑録21輯457頁)。
(イ)本件の検討
土地XをBに売却する時点において、甲は、土地Xの登記名義を有しているので、土地Xを法律的に支配しているといえる。
したがって、甲は、土地Xを「占有」している。
イ.委託関係-書かれざる構成要件要素
(ア)判断枠組み
何人の占有にも属していない他人の物や偶然に自己の占有に帰属した物には、占有離脱物横領罪(刑法254条)が成立することから、占有離脱物横領罪と区別するために、横領罪(刑法252条)における占有は委託関係に基づく必要がある。
したがって、条文上明示された要件ではないが、自己の占有には、所有者その他の者からの委託に基づくことが必要である。
(イ)本件の検討
本件において、売買契約上、売主甲は、買主Aに対する登記移転義務を負担している(民法560条)。そうすると、甲は、当該義務が履行されるまで、土地Xを保管する義務があるといえる。
したがって、甲の土地Xに対する占有は、Aとの間の委託関係に基づくものであるといえる。
(5)「横領」行為
ア.判断枠組み
横領罪の保護法益は、所有権及び委託関係である。そして、実行行為とは、法益侵害の現実的危険性を有する行為をいう。そうすると、横領罪の実行行為は、所有権侵害の現実的危険性を有する行為であるだけでなく、委託関係侵害の現実的危険性を有する行為でもある必要がある。
したがって、「横領」行為とは、①委託の趣旨に反し行為者の権限の範囲を逸脱した行為(権限逸脱行為)であって、②不法領得の意思を発現する行為(領得意思発現行為)をいう(領得行為説)。
そして、不法領得の意思とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいう(最判昭24・3・8刑集3巻3号276頁)。
イ.本件の検討
本件において、甲が既にAに売却した土地Xを更にBに売却する行為は、Aの甲に対する委託の趣旨に反し、Aに対する売主の権限の範囲を逸脱した行為である(①)。
また、甲は、既にAに売却したことにより土地Xの所有者ではないのに、所有者でなければできないような処分行為をする意思(不法領得の意思)に基づいて、更に土地XをBに売却し、それによって、Aの土地Xに関する所有権を侵害する危険性を生じさせているので、不法領得の意思の発現行為が認められる(②)。
したがって、甲が既にAに売却した土地Xを更にBに売却する行為は、「横領」行為に該当する。
(6)「横領した」(横領結果)
ア.判断枠組み
横領罪には未遂犯の処罰規定がないので、横領罪(既遂)が成立するためには、「横領」行為によって「横領」結果(所有権侵害)を発生させる必要がある。
そして、横領罪の客体が不動産で、登記を対抗要件としている場合は、登記の完了によって所有権を確定的に喪失するので、登記完了時に「横領」結果(所有権侵害)が発生したといえる。
イ.本件の検討
本件において、甲は、土地XをBに売却した後、土地Xの登記名義をB名義にしている。これによって、Aは土地Xの所有権を確定的に喪失することになるので、Aの所有権が侵害されたといえる。
したがって、Aの所有権侵害という「横領」結果が発生したといえる。
(7)故意
ア.判断枠組み
故意とは、構成要件該当事実の認識・認容をいう。
したがって、横領罪における故意とは、「自己の占有する他人の物を横領した」という構成要件に該当する具体的事実を認識・認容していることである。
イ.本件の検討
本件において、甲は、既にAに売却した土地Xの登記がまだ甲名義であることを奇貨として、土地Xを更にBに売却し、登記名義をB名義にしたという事実を認識している。そして、甲は、既に土地XをAに売却したにもかかわらず、二重売買を行っているので、認容も認められる。
したがって、甲には委託物横領罪の故意が認められる。
(8)結論
以上より、甲が既にAに売却した土地Xを更にBに売却した行為に、Aに対する委託物横領罪(刑法252条1項)が成立する(大判昭7・3・11刑集11巻167頁、最判昭30・12・26刑集9巻14号3053頁など)。
3.Bに対する1項詐欺罪の成否
(1)問題の所在
甲は、Aに対する売却の事実を告げずにBと売買契約を締結し、Bから7,000万円を受け取っているので、甲がBに土地Xを売却した行為に、1項詐欺罪(刑法246条1項)が成立するか、1項詐欺罪の構成要件のうち欺罔行為の該当性が問題となる。
(2)判断枠組み
この問題について、欺罔行為とは、交付判断の基礎となる重要な事項を偽る行為をいう(最決平22・7・29刑集64巻5号829頁〔搭乗券事件〕、最決平26・4・7刑集68巻4号715頁)。
そして、交付判断の基礎となる重要な事項とは、①交付判断の基礎となる事項であって、②重要な事項をいう。①交付判断の基礎となる事項とは、詐欺罪が交付罪であることから、交付行為の危険性のある事項をいう。②重要な事項とは、詐欺罪が財産犯であることから、財産的損害を発生させる危険性のある事項をいう。
(3)本件の検討
本件において、もしBが二重売買であることを知れば売買契約を締結することはなかったであろうという特段の事情があれば、既に土地XをAに売却したという事実は、交付判断の基礎となる事項に当たる(①)。
しかし、Bは、土地Xの登記を具備すれば、土地Xの所有権を確定的に取得することができるので、Bに財産的損害はない。そうすると、既に土地XをAに売却したという事実は、交付判断の基礎となる重要な事項に当たらない。
したがって、甲がBに土地Xを売却した行為は、欺罔行為に該当しない。
(4)結論
以上より、甲の上記行為に、Bに対する1項詐欺罪(刑法246条1項)は成立しない。
第2 小問2
1.問題の所在
(1)検討すべき甲の罪責
小問1と同様に、甲が既にAに売却した土地Xを更にBに売却した行為について、Aに対する委託物横領罪(刑法252条1項)が成立するか。
(2)問題となる事実関係
本件において、甲・A間で土地Xを5,000万円で売却する売買契約を締結しているが、Aは未だ売却代金5,000万円を甲に支払っていない。
(3)問題提起
そこで、Aが未だ売却代金5,000万円を支払っていない場合であっても、土地XはAの所有物といえるか、委託物横領罪の構成要件のうち「他人の物」の該当性が問題となる。
2.判断枠組み(再掲)
この問題について、「他人の物」とは、他人の所有する物をいう。そして、他人に物に対する所有が認められるか否かは、基本的に民事関係を基礎として判断する(民法従属性)。そうすると、原則として、所有権は当事者の意思表示によって移転することになる(民法176条)。
しかし、刑罰を手段として法益保護を図る刑法上の他人性の解釈にあたっては、刑罰を用いるだけの要保護性が必要である。
したがって、①当事者の意思表示に加えて、②買主が代金の全額または大部分を支払っている場合に、買主が横領罪としての保護を受けるに値する所有権の実質を備えたと評価できるので、「他人の物」に該当すると解されるべきである。
3.本件の検討
本件において、甲...