近代日本の図工・美術教育の歴史(変遷)

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    資料紹介

    小中学校の図画工作、美術科教育の変遷です。2ページとそう多くない分量ですが、膨大な資料をもとに簡潔にまとめており、美術教育専門の教授のチェックも受けています。そのため価格は高めに設定させていただいております。参考・引用文献ももれなく本文に掲載しております。

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    近代日本おける図画工作科・美術科教育の歴史
    近代日本から現在までの小中学校の図画工作科および美術科教育の変遷をまとめた。その結果、日本の図画工作科・美術教育は、手と目の訓練という意味で絵を描き写すことから始まり、大正デモクラシーとともに自由な写生を重んじる教育方法が登場、第二次世界大戦前後には軍国主義的なモチーフを描き写す教育に逆戻りし、戦後は様々な民間教育団体が理念を競ったという歴史があることがわかった。
    近代学校が成立する以前は、美術教育は生活の中で行われていた。生活必需品や農具の製作、おもちゃの自作、正月、ひな祭り、七夕など年中行事などがそれである。子どもたちは自然のなかで成長し、創造性を高めていった。
    明治維新を経て、1872年、欧米の制度にならい「学制」が定められた。図画教育としては、「罫画」、「画学」などがおかれる。それは内容は手本を見て書き写す「臨画」が中心である。おもに「形体模写によって目と手の能力を養うこと」が目的であった(上野浩道『日本の美術教育思想』風間書房、p.43)。1903年、はじめての国定教科書がつくられる。
    1910年、第二期国定教科書『新定画帖』が発行..

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