カナダにおけるマルチカルチュラリズムへの考察

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    資料紹介

    カナダは、19世紀後半から現在までに、ヨーロッパ・中南米・アジアなど世界中から1400万人もの移民を受け入れてきた。2003年の時点で全人口3000万人の16%が移民(1世)によって占められ、第一の都市・トロントでは、現在住民の半数以上が移民という状況である。多くの民族が共生する複雑なカナダ社会。それはどのようなシステムから成り立ち、実態はどのようなもので、どういった問題を抱えているのだろうか。

    1868年、サー・ジョン・A・マクドナルド政権が、最初の連邦−州移民合意を作成した。この合意は、カナダ国内における労働力のニーズと移民受け入れ許容量を考慮した、海外での移民募集と国内での定住のためのプログラムを設定することを目的としたものであった。これに基づき、1869年にはカナダ最初の移民法が完成した。しかし、当時の移民受け入れ政策の目的は、あくまで労働力の確保・人口維持であったため、この後、特定のグループの人々の生活を制限する多くの法律が作られた。これらの法律は、当時の一般的な気運、特に日本、インド、中国からの有色人種の移民に対する感情を反映したものだった。しかし、第二次世界大戦後、カナダはこれら初期の制約的な法律を廃棄し、寛容で公平な移民受け入れを行う姿勢を強めてきた。
    こういった流れの中で1962年、カナダは世界に先駆けて、民族差別撤廃のための新しい法律を導入した。1967年には移民プログラムにおいてこの点が強化され、法律と実践の両方で、移民に対する差別をしないという根本的な方針がたてられた。この中でも主要な役割を果すのが、「ポイント」制の導入である。これは教育、言語、職業スキル等における個人の適性をベースに得点を決めてゆくもので、今日でも使われている。そして、1969年、カナダは難民の地位に関する国連1951年条約、1967年議定書(ジュネーブ条約)の調印国となった。

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    人口学レポート
    『カナダにおけるマルチカルチュラリズムへの考察』
    A0533003
    法学部 地球環境法学科
    雨貝 未来
     カナダは、19世紀後半から現在までに、ヨーロッパ・中南米・アジアなど世界中から1400万人もの移民を受け入れてきた。その結果、2003年の時点で全人口3000万人の16%が移民(1世)によって占められ、第一の都市・トロントでは、現在住民の半数以上が移民という状況である。日本で暮らす私にはとても想像できないことだ。多くの民族が共生する複雑なカナダ社会。それはどのようなシステムから成り立ち、実態はどのようなもので、どういった問題を抱えているのだろうか。
    1.移民受け入れのための法制度の推移
    1868年、サー・ジョン・A・マクドナルド政権が、最初の連邦-州移民合意を作成した。この合意は、カナダ国内における労働力のニーズと移民受け入れ許容量を考慮した、海外での移民募集と国内での定住のためのプログラムを設定することを目的としたものであった。これに基づき、1869年にはカナダ最初の移民法が完成した。しかし、当時の移民受け入れ政策の目的は、あくまで労働力の確保・人口維持であったた..

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