大国主神と大国主神に関する神話について

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    大国主神は国譲りで有名な神である。主に出雲神話に登場し、素盞鳴尊と大国主神の二柱を軸として出雲神話は展開する。大国主神は出雲大社の祭神であるが、出雲神話での神威が高く受け取られていたのか素盞鳴尊と混同されることが多い。このように大国主神と素盞鳴尊が混同される理由の一つに、大国主神と素盞鳴尊が同じ血筋で結ばれているということがある。『古事記』によれば、大国主神は素盞鳴尊の七世にあたる子孫だと記している。『古事記』・『日本書紀』では、大国主神は天つ神である素盞鳴尊の子孫であるとしているが、神話の中では大国主神は国つ神として描かれている。
    大国主神は、他にも多くの名を持っている。『古事記』の中では大国主神が国土を統一する過程に沿って名前が変わっていく。まず大国主神はオオナムチノカミ(大穴牟遅神。『日本書紀』には大己貴命と明記)という名で登場する。すなわちこれが大国主神の本名と思われる。その後、大国主神は素盞鳴尊の助けを求めに根之堅州国に降りる。その時はアシハラノシコノオミコト(葦原色許男命)と明記されている。「しこお」は頑強な男を意味し、武神としての性格を表わしている。この後、葦原色許男命はヤチホコノカミ(八千矛神)と名を変える。「八千」は無限、「矛」は武力の象徴で葦原色許男神と同様に武神としての性格を表わしている。八千矛神はスクナヒコナノカミ(少彦名神)とともに多くいた自分の兄弟神を追放し、全国を巡って国土の修理や保護、農業技術の指導、温泉開発や病気治療、医薬の普及、禁厭の法の制定などを行って国土を統一し、最後に素盞鳴尊から大国主神、ウツシクニタマノカミ(宇都志国玉神)の名を与えられた。これらのことから、大国主神は国作りの神(文化神)としての神格のほかに、農業神、商業神、医療神としての神格も持ち合わすようになり、出雲大社のほかにも出雲各地の神社、大神(オオミワ)神社や大国魂神社などの全国の神社でも祀られるようになった。

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    大国主神と大国主神に関する神話について。
     大国主神は国譲りで有名な神である。主に出雲神話に登場し、素盞鳴尊と大国主神の二柱を軸として出雲神話は展開する。大国主神は出雲大社の祭神であるが、出雲神話での神威が高く受け取られていたのか素盞鳴尊と混同されることが多い。このように大国主神と素盞鳴尊が混同される理由の一つに、大国主神と素盞鳴尊が同じ血筋で結ばれているということがある。『古事記』によれば、大国主神は素盞鳴尊の七世にあたる子孫だと記している。『古事記』・『日本書紀』では、大国主神は天つ神である素盞鳴尊の子孫であるとしているが、神話の中では大国主神は国つ神として描かれている。
     大国主神は、他にも多くの名を持っている。『古事記』の中では大国主神が国土を統一する過程に沿って名前が変わっていく。まず大国主神はオオナムチノカミ(大穴牟遅神。『日本書紀』には大己貴命と明記)という名で登場する。すなわちこれが大国主神の本名と思われる。その後、大国主神は素盞鳴尊の助けを求めに根之堅州国に降りる。その時はアシハラノシコノオミコト(葦原色許男命)と明記されている。「しこお」は頑強な男を意味し、武神とし..

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