意味上の「やめる」と「あきらめる」の共通点と相違点

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    「ヤメル」
    <手術が必要な人が><(延命の可能性がある)手術を受けるかどうかを><自らの意思によって><よす>
    手術をあきらめる。  ○
    「アキラメル」
    <手術が必要な人が><(延命の可能性がある)手術を><受けても(または受ける)見込みがないと判断して><断念する>
    どちらとも、使用そのものは可能である。しかし手術という、人の命を左右することを、手術を受ける当事者がやめようと考える場合は、例としては、とても助からないような重病であることが分かり、薬や手術による延命治療を行うことによってずっと病室で過ごすよりも、できるだけ穏やかに自宅やホスピスで家族や友人とともに過ごしたい、と自分の意思で決定した場合であったりしたということなどが可能性として考えられる。当事者の意思が働いている可能性があると思えるところがあるのだ。また、あきらめるということになるような理由は、例えば経済的な問題や、突然のアクシデントによる停電などで手術室の設備が活用できず、やむなく行われる筈だった手術を延期するという場合などが考えられる。この結果に至る過程が、当事者の意思では解決しきれない問題であったという可能性がある。この双方では、明らかに当事者の意思によって決定が行われたかそうでないのかという可能性の大きさが違う。「ヤメル」と「アキラメル」という言葉は、文脈により、そこに当事者の意思があったかどうかを示唆する機能も、それ自身に含んでいる。

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    似たような意味である「やめる」と「あきらめる」の共通点と相違点とは何か。両者を比較・分析した結果「やめる」も「あきらめる」も「よす」という意味の根幹の部分では共通しているが、言葉自体が内包するバックボーンがそのまま意味の差となっていることが分かった。決して同質のものとは言い切れない「やめる」「あきらめる」ともに共通する要素である「よす」は、様々な状況で日常的に頻発しているが、以下に様々な場面と用法を紹介していくことにより、それらを区別し、論じたい。まず、あえてまとめである定義を最初に表示し、各場面との関連を考えていく。
    「ヤメル」
    <人が><物事を><自らの意思によって><よす>
    ということ。また、既に行われることが決まった、もしくは行われている前提での事柄に使われる述語となる。
    「アキラメル」
    <人が><物事を><見込みがないと判断して><断念する>
    ということ。この言葉は、物事が未だ始まっていない、未着手の状態である時にも使える。
    『その場その場でやっていたことを中断するという場面』
    タバコを(吸うことを)やめる。    ○
    <人が><喫煙を続けることを><自らの意思によって><よ..

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