命の値段

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    ■はじめに
    命は平等であり、値段は無い。正確には、命=生物の原動力は平等であり、値段は無い。私はこう考える。
    このような考えに至るまで、手がかりとして、命と金銭についての社会での扱われ方に目を向けてみた。具体的には「犠牲者への保証金額」と「損害賠償金」である。

    ■誤爆での補償金額から考える
    授業内でおこなった「命の値段」についてのエッセイは、NYのテロ事件の犠牲者と誤爆の犠牲となったアフガニスタン人への補償額の違いに着目して書いた。NYのテロ犠牲者の補償額の平均は、2億4000万円であり、一方、アフガニスタン人に対しての補償額は13万円であった。このときは、物価の格差が補償額の違いに結びついたという仮説を立てたが、検証をしてみると、その仮説は正しくは無かった。13万円は、アフガニスタンでは平均的な一家の半年の生活費でしかなかった。
    つまりNYの犠牲者への補償額2億4000万円を、平均年収(=一年の生活費)600万円×40年間分と解釈するのであるならば、少なくともアフガニスタンでの誤爆による犠牲者へは少なくとも“26万円×40年間分=1040万円“支払うのが、物価を考慮したうえでの平等な「命への補償額」ではないだろうか。13万円では、物価を考慮してもなお、アメリカ人への補償額の1/80以下でしかない。補償金の額をそのまま「命の値段」へあてはめて考えるのであれば、アフガニスタン人の命の値段はアメリカ人の1/80の価値ということになる。
    さらに言うならば、13万円の補償金が支払われたのは、犠牲者一般ではなく、暫定政権への協力者及びアメリカへの情報提供者(反タリバン派)だけである。補償金の支払いに関する交渉は、アメリカ政府でも国防総省や軍でもなく、CIA(中央情報局)の先導によって行われた。そのことからも、補償金支払いがどのような意図のもとで行われたのかが、透けて見えると思う。

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    命に値段はあるのか?
    ■はじめに
    命は平等であり、値段は無い。正確には、命=生物の原動力は平等であり、値段は無い。私はこう考える。
    このような考えに至るまで、手がかりとして、命と金銭についての社会での扱われ方に目を向けてみた。具体的には「犠牲者への保証金額」と「損害賠償金」である。
    誤爆での補償金額から考える
    授業内でおこなった「命の値段」についてのエッセイは、NYのテロ事件の犠牲者と誤爆の犠牲となったアフガニスタン人への補償額の違いに着目して書いた。NYのテロ犠牲者の補償額の平均は、2億4000万円であり、一方、アフガニスタン人に対しての補償額は13万円であった。このときは、物価の格差が補償額の違いに結びついたという仮説を立てたが、検証をしてみると、その仮説は正しくは無かった。13万円は、アフガニスタンでは平均的な一家の半年の生活費でしかなかった。
    つまりNYの犠牲者への補償額2億4000万円を、平均年収(=一年の生活費)600万円×40年間分と解釈するのであるならば、少なくともアフガニスタンでの誤爆による犠牲者へは少なくとも“26万円×40年間分=1040万円“支払うのが、物価を考..

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