タトリンの芸術とその周辺(素材・塔・機械)

会員540円 | 非会員648円
ダウンロード カートに入れる
ページ数7
閲覧数808
ダウンロード数13
履歴確認

    ファイル内検索

    資料紹介

    歴 史上にはさまざまな文化的・芸術的運動が発生した。それらについて、私にはそのほとんどが、直前の芸術様式の否定と失われた過去の遺産の発掘・修復に端を発しているように見える。ルネサンスが「文芸の復興」というスローガン。つまり中世のキリスト教にヨーロッパ世界が覆われてしまった時代の芸術様式を否定し、はるか彼方のギリシア芸術を上位に据え、それを模倣・発展させていく運動であったように。この文化・芸術様式の交替というものはとても興味そそられる事項である。とりわけ、ある文化が手法・枠からの超越を主張するが故に、否定したはずの直前の文化と同じように、手法・枠の固定化を招き批判を浴びて新たな文化に交替する、というなりゆきは、結局人間世界の法則・・・文化に限らず、政治も経済も、そういうものなのかもしれない。例えばロマン派についてみてみることにする。自由な人間性の発露を謳ったルネサンスは「様式・手法の硬直化」という批判を受けて、結局その後ロマン派に交替していく。ロマン派は従来タブーとされてきた「枠」の部分を、表現意欲という内部からの圧力で外へと押し広げ、あるいは破ってしまっても伝えようとするエネルギーをもっていた。そしてそれは市民革命時代の流れに呼応し発展したが、古典と同じく、あるいはそれ以前の芸術と同じようにある手法への固執・固定化を招いたことが批判にさらされ、文化の主流の座を明け渡すことになった。こうした個々の事例からわかることは人間はパターン化する(枠の中にはまる)ことで安心を得る動物である。明日すらわからない日常の中で、「こうすればこうなる」というパターン化はささやかな「生きるという恐怖からの逃避」なのかもしれない。

    さ て、ロシアについて見てみると、20世紀のはじめにハプスブルグ家とともに最後まで帝政を布いていたニコライ家が革命によって打倒され、さらにその後、歴史の表舞台から退場したオーストリアとは対称的に「社会主義国家建設」という壮大な大実験・大冒険へと乗り出していく。その社会的な動揺・どちらに転がるかわからないムードは芸術にも多大な影響を与えていた。そればかりでなく、

    「1917年の社会的な関係において起こったことは、 1914年に我々の造形活動で行われていた。そのとき、我々の基盤に「素材・容量・構成」が置かれたのであった。」(V.タトリン「我々の差し迫った仕事」)

    と書かれているように、「1917年の社会的な関係=ロシア十月革命=ソヴィエト政権樹立」よりも3年も前に既にはっきりとした方向性を示していたのであった。これについて水野忠夫氏は「政治革命に先行し、政治革命の推移の過程で異議申立てを行う権利を保有しつつ芸術革命を展開したのが、ロシア・アヴァンギャルドの芸術運動にほかならなかった。」(「ロシア文化ノート」より引用)と結論付けている。こうして革命に影響されて、ではなく自ら革命を先導していったともいえるアヴァンギャルド芸術は、皮肉にもその後この革命が生んだソビエトそれ自身によって、「形式主義的」という批判を受け、ついには息の根を止められる。まさに前述した通りの「交替」を余儀なくされたのである。(ただしこの場合はスターリンという独裁者による強制終了という終わり方とも言える点で、同情できる部分もあるけれども。)

    こ のレポートで、私はアヴァンギャルドの中心的存在でありながら、マレーヴィチのように完璧ではなく、そして「第3インターナショナル記念塔」だけが異常に有名な(ともすると一発屋の印象を与える)タトリンという芸術家について書きたいと思う。彼の考え方がどういうものであったか、そしてライヴァルといわれるマレーヴィチの主義主張とどのように違うのか、といったことはともかく、彼の作品からは「ただそこにならべる」「ただそれらをくみあわせる」(これが構成主義といわれる所以であるが)というシンプルな芸術的行為が、途方もないエネルギーを生み出しているのを感じ、それがとても自分にとって気になるものだからだ。

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    ♪タトリンの芸術とその周辺(素材・塔・機械)♪
    0.はじめに 歴 史上にはさまざまな文化的・芸術的運動が発生した。それらについて、私にはそのほとんどが、直前の芸術様式の否定と失われた過去の遺産の発掘・修復に端を発しているように見える。ルネサンスが「文芸の復興」というスローガン。つまり中世のキリスト教にヨーロッパ世界が覆われてしまった時代の芸術様式を否定し、はるか彼方のギリシア芸術を上位に据え、それを模倣・発展させていく運動であったように。この文化・芸術様式の交替というものはとても興味そそられる事項である。とりわけ、ある文化が手法・枠からの超越を主張するが故に、否定したはずの直前の文化と同じように、手法・枠の固定化を招き批判を浴びて新たな文化に交替する、というなりゆきは、結局人間世界の法則・・・文化に限らず、政治も経済も、そういうものなのかもしれない。例えばロマン派についてみてみることにする。自由な人間性の発露を謳ったルネサンスは「様式・手法の硬直化」という批判を受けて、結局その後ロマン派に交替していく。ロマン派は従来タブーとされてきた「枠」の部分を、表現意欲という内部からの圧力で外へ..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。