石井十次についての考察

会員540円 | 非会員648円
ダウンロード カートに入れる
ページ数3
閲覧数2,142
ダウンロード数13
履歴確認

    ファイル内検索

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

      「石井十次についての考察」
                              
     前期での授業内容より、石井十次の設立した岡山孤児院の講和が非常に印象的であったので今回の課題レポートの題材を此れに選定させていただきました。
     石井十次は1865年(慶応元年)日向の児湯郡上江村馬場原(現在の宮崎県高鍋町)に高鍋藩士の父万吉、母乃婦子の長男として生まれたことは周知の事実です。6歳にして父の影響か藩校明倫堂流である島田学校に入学し学を志した。漢学などを学び、若干16歳にして内野品子と結婚、上江小学校の教師となり宮崎警察署の初期を経て岡山県甲種医学校へ入学した。また在学中にキリスト教の洗礼を受け、また人材養育には教育が重要であることを新島襄の同志社大学設立趣意書より認識した彼は明治20年、20歳のときに脳病の療養と医術実地研究のため岡山へと移った。そこで診療所の代診を務めていたが、その診療所の隣の大師堂にて子ども2人を連れ生活苦に悩む旅の母親よりその兄である男児を引き取り、さらに2名を預かり孤児救済教育を始める。それは岡山市門田屋敷の三友寺に孤児教育会(のちに岡山孤児院として改名)にて行..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。