北山文化形成の背景及び主要な人々、その特色

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     北山文化は室町時代初期の文化で、十四世紀後半から十五世紀後半までを指す。日本の文化はそれぞれ時代名で呼ばれることが多いが、室町時代後期に京都東山で開花した東山文化に対し、この文化の特徴がそれぞれ異なる事から北山文化と呼ばれている。
     南北朝時代の動乱を経て、安定した幕府確立を背景に武士の力が強くなり、禅宗の影響を強く受けた武家文化が伝統的な公家文化と融合、更に民衆文化とも交流した。こうして広い基盤が特色の、北山文化が花開いたのである。
     この文化をまさに象徴するのが、三代将軍足利義満(一三五八~一四〇八)が北山山荘に建てた鹿苑寺舎利殿(金閣寺)である。一層が公家風の寝殿造り、二層が武家風、三層が禅宗の仏殿風で仏舎利が置かれている。
     では何故鹿苑寺舎利殿に象徴されるように、様々な文化が融合されたのか。その時代背景を探ってみたい。
     一三三六年、御醍醐天皇(一二八八~一三九九)と対立した足利尊氏(一三〇五~一三五八)が光明天皇(一三二一~一三八〇)を擁立し征夷大将軍となり、室町幕府を開いていた。その後一三九二年、三代将軍義満によって南北朝は統一され、最終的には公家より武家の勢力が優位に..

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