文学を通しての妓女と遊郭

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     私は『油郎独占花魁』を読んで一番興味を持ったのは花魁のことです。日本の遊女と妓女について書きたいと思う。
     日本の遊女の語源は中国ではなく、朝鮮である。それは中国にも遊女という言葉が詩経や李白の詩の中にも出てくるが、いずれも日本の遊女といった意味ではない。中国にも歌舞や売色を職業とする女性は古くから存在したが、「倡女」や『妓女』「歌妓」などと呼ばれていた。そして遊女の語源が朝鮮だとする理由は、朝鮮の特殊民である白丁の婦人は諸方に遊行、漂白し、一箇所に定住することがなかった事から遊女と呼ばれたらしい。
     次に中国の遊郭について書きたいと思う。長安平康里の妓女の居る所は、北曲・中曲・南曲の三曲からなっており、この遊里花街の制度は、明・清の時代にまで受け継がれ、中国語では遊郭のことを「平康里」という。そして日本の江戸時代の遊郭はまさに平康里の三曲制度を倣ったものである。(以上『遊女の歴史』滝川政次郎 著  昭和40年7月30日発行  より 参考)
     やはり日本の遊郭などは中国の影響を強く受けていたのだ。妓女達は芸を習得し、礼儀作法をマスターするのに大変な努力をした。一般民を相手にする妓女と高貴な客を相手にする妓女とではやはり位も違い、芸などや服装も違ったそうだ。そして昔の人々の遊びというのは歌を聞いたり、詩をお互いに交わしたりしていた。なので妓女にも高度な知識や芸術感覚、表現能力を要したのだ。
     私は妓女と聞くととても華やかなイメージしか無かったが『油郎独占花魁』を読んでみて、妓女は不特定多数の男性を相手にしなければいけなかった為、女性としての幸せは望めない事を気づいた。やはり妓女である前に一人の女性として、一人の愛する男性のもとで幸せに暮らすのが女性としての幸せであろう。

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                  花魁と遊女について            
    私は『卖油郎独占花魁』を読んで一番興味を持ったのは花魁のことです。日本の遊女と妓女について書きたいと思う。
     日本の遊女の語源は中国ではなく、朝鮮である。それは中国にも遊女という言葉が詩経や李白の詩の中にも出てくるが、いずれも日本の遊女といった意味ではない。中国にも歌舞や売色を職業とする女性は古くから存在したが、「倡女」や『妓女』「歌妓」などと呼ばれていた。そして遊女の語源が朝鮮だとする理由は、朝鮮の特殊民である白丁の婦人は諸方に遊行、漂白し、一箇所に定住することがなかった事から遊女と呼ばれたらしい。
     次に中国の遊郭につ..

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