尾張藩主徳川宗春について

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    はしがき
     私が徳川宗春という人物に興味を抱いた理由は、私がもともと江戸時代の大名にとても興味を持っていたことにある。なぜ江戸時代の大名に興味を持っていたかといえば、それが現代とは異なり世襲制よって家督が伝えられていくという事実があったことだ。たとえどんなに不出来な人物であっても殿様の子であれば父の跡を継いで殿様になることがある。
     そのようにして苦労を知らずに殿様になった人物のほとんどが家老や側役に政治を任せ、自身は好きなことをして遊び、治政に無関心な者が数多くいた。
     江戸時代中期、このように自身の意思を持たずにただ大名という地位の上に胡坐を書いていたずらに時を過ごしていた殿様が多い中で自身の信念をしっかり持ち黙っていれば一生裕福な生活が保障されていたのにも拘らず政治に対する考え方の相違から時の将軍の政策に異を唱え、敗れた御三家筆頭の尾張藩主徳川宗春に焦点を当てて考察していきたいと感じてこの論題を選んだ。
    序章
     徳川宗春の藩主時代の記録に『遊女濃安都』がある。この書物は宗春隠居画にその治世を懐かしんで尾張在住者執筆したものと思われる。筆者名が不明なのは公儀御咎めの宗春とその時代を謳ったものであるからやむを得ない。
     他には、『趨庭雑話』『金府紀較』『金城温古録』『鸚鵡籠中記』『元文世説雑録』などがある。
     宗春の代表的著作『温知政要』は現存し活字になっている。それに関して『温知政要語録解話』中村三近子の『温知政要輔翼』がある。
     最近の研究では尾崎久弥氏の『徳川宗春年譜』があり、吉宗を研究した大石慎三郎氏の『江戸転換期の群像』の中に宗春関連の記述がある。
    第1章 尾張藩主に就任するまで
     徳川宗春は8代将軍徳川吉宗と対立し、隠居謹慎という御三家の当主としては極めて厳しい処罰を受けたため、尾張藩としても幕府の目を恐れ、宗春に関しての史料は湮滅され残っているものは比較的少ない。

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    尾張藩主徳川宗春について
    目次
    はしがき
    序章
    尾張藩主に就任するまで
    第七代尾張藩主として
    終章
    はしがき
    私が徳川宗春という人物に興味を抱いた理由は、私がもともと江戸時代の大名にとても興味を持っていたことにある。なぜ江戸時代の大名に興味を持っていたかといえば、それが現代とは異なり世襲制よって家督が伝えられていくという事実があったことだ。たとえどんなに不出来な人物であっても殿様の子であれば父の跡を継いで殿様になることがある。
     そのようにして苦労を知らずに殿様になった人物のほとんどが家老や側役に政治を任せ、自身は好きなことをして遊び、治政に無関心な者が数多くいた。
    江戸時代中期、このように自身の意思を持たずにただ大名という地位の上に胡坐を書いていたずらに時を過ごしていた殿様が多い中で自身の信念をしっかり持ち黙っていれば一生裕福な生活が保障されていたのにも拘らず政治に対する考え方の相違から時の将軍の政策に異を唱え、敗れた御三家筆頭の尾張藩主徳川宗春に焦点を当てて考察していきたいと感じてこの論題を選んだ。
    序章
    徳川宗春の藩主時代の記録に『遊女濃安都』がある。この書物は宗春隠居画にその治..

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