安心社会

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    資料紹介

     近現代のめまぐるしい社会の変容に伴い、物理的なものだけでなく精神的なレベルにおいてまで、人々は様々な変化(外的変容に対する反応)を迫られている。そのひとつが安心社会から信頼社会への移行である。メインテーマとしてのこの現象について述べる前に、テーマを解釈しやすいようにまずは「道徳と倫理」というキーワードについていくつかの比較対照を行おうと思う。
     道徳と倫理は多くの文章のなかで同じように扱われ、あまり区別されていないという印象があるのだが、実は本質的にまったく異なるものである。道徳とは、「人に優しくするのはいいことである」「お年寄りを大切にするのはいいことである」などというように、世間一般の人々が「いいことだ」とみなすような、“物事の良し悪しについての世間的なコンセンサス”もしくは“共同体におけるルール”のことである。法律を犯せば罰や罪などが生じるが、道徳は法では裁かれることはない。しかし人々の非難を浴びることになる。それではもしも、道徳を左右する共同体の影響がない場合の行動選択の場合や、他の共同体の人間と接するとき、我々は何に頼って自分のすべきことを判断すればよいのか。その時こそが、倫理の出番なのである。倫理とは、「外部の参照軸に依拠せずに、ときにはそれに抗してなされる決断、個人の選択」〔1〕を司どるものなのである。
     前述したように、道徳は“共同体におけるルール”に他ならないが、近年その「共同体」というものが複雑化している。昔はひとつの集落や村など、小さな共同体の中に生まれたときから自動的に属し、死ぬまでそこに内属していることが普通であった。しかし統治体制も変わった現代の日本においては、人々は家族という共同体を中心に、校区の違う学校にかようこともあり、よそから転校してきた生徒と出会うこともしばしばである。

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    安心社会
    近現代のめまぐるしい社会の変容に伴い、物理的なものだけでなく精神的なレベルにおいてまで、人々は様々な変化(外的変容に対する反応)を迫られている。そのひとつが安心社会から信頼社会への移行である。メインテーマとしてのこの現象について述べる前に、テーマを解釈しやすいようにまずは「道徳と倫理」というキーワードについていくつかの比較対照を行おうと思う。
    道徳と倫理は多くの文章のなかで同じように扱われ、あまり区別されていないという印象があるのだが、実は本質的にまったく異なるものである。道徳とは、「人に優しくするのはいいことである」「お年寄りを大切にするのはいいことである」などというように、世間一般の人々が「いいことだ」とみなすような、“物事の良し悪しについての世間的なコンセンサス”もしくは“共同体におけるルール”のことである。法律を犯せば罰や罪などが生じるが、道徳は法では裁かれることはない。しかし人々の非難を浴びることになる。それではもしも、道徳を左右する共同体の影響がない場合の行動選択の場合や、他の共同体の人間と接するとき、我々は何に頼って自分のすべきことを判断すればよいのか。その時こ..

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