学校制度と社会1分冊 07804 明治期の学校制度改革

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    玉川大学通信レポートです。評価はBでした。明治期における学校制度の成立と展開という課題ですので、図書館等で調べ、比較的そのまま書きました。自分の意見と言うよりも、事実をそのまま調べ書いた形になっています。

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    略題 明治期の学校制度改革
    1 学校制度の変遷
    1.1「学制」の樹立
    日本が江戸幕府から明治政府へ変わり、所謂明治維新を達成したのが、1868(慶応4)年であった。
    まず1871(明治4)年7月廃藩置県を行い、全国一律の制度を整えるための基礎をつくった。同年中央教育行政機関として文部省が創設された。
    1972(明治5)年8月、当時先進諸国であったフランス、アメリカ等の教育制度等を模範とした「学制」を公布した。「学制」はすべての国民が教育をうけるべきこと「国民皆学」を強調し、今までの教育感とは異なったものとなった。
    その「学制」とは「学区制」を採用し、全国を8つの大学区に分け、1の大学区を32の中学区に、1中学区を210の小学区に分けることが定められた。全国に8つの大学校、256つの中学校、53760つの小学校が設置されることになっていた。
    また外国語学校、法学校、医学校、商業学校等の専門学校の規定が補充された。
    1.2「学制」の廃止と「教育令」
     「学制」は画期的な法令であったが、机上の法令となった。さまざまな問題があったからである。財政がともなっておらず、授業料や人件費、学校建設費用..

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