中国における俗信について〜旧正月を中心に〜

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     中国の民族文化には、一年の四季の移り変わりに基づいて、いろいろな祝日が決まっている。そのほとんどが農業生産と人間と大自然との交流に密接な関係があり、人間の「天人同一」という文化心理を反映している。その中で、もっとも重大で、かつ、もっとも民族的特色を持つ祭日は、中国旧暦の正月で、「年」と言う。「年」は「稔」であり、稲穂が実り熟することを祈りつつ念ずるという意味である。そして、「年」の由来にはこういう昔話がある。
     太古の昔、ある凶暴な「年」という野獣がいた。「年」はよく年末に町に現れ、人や家畜を食べる。ある年の瀬、例年のように「年」が現れ、ある村に入ろうとした。その時、たまたま村の牧童が鞭で、パンパンと音をさせて遊んでいた。その音を聞いた「年」は、驚いて逃げ去っていった。また別の村に入ろうとすると、ちょうど干してあった紅い衣装が、ヒラヒラと風にひるがえっていた。これを見た「年」は、また、驚いて逃げていった。また。日暮れになり、さらに別の村に入ろうとすると、人家から橙火の光が漏れていた。「年」は光にも驚き、とうとう完全に逃げ去っていった。そこで人々は、「年」が音響と紅色と光とを畏れることを知り、「年」の害を避けるために、門に紅紙を貼り、室内に橙燭をともし、門前で爆竹を鳴らすようになった。
     この昔話のとおり、以前の中国の正月は、確かに鬼ばらいの行事だったが、いまでは、そういう意味合いは薄れた習慣となっている。しかし現在でもドアと窓などの両側に新しい一年の希望や願いなどを書いた赤い紙を貼ったり、旧正月の12時ちょうどに爆竹を鳴らしたりといった習慣は残っている。爆竹が悪鬼ばらいから、神迎え、さらに娯楽に変わって来たことは、中国人の自然を征服する巫術思想が神様を祭る迷信思想へ転換したことを意味しているのだろう
     正月の行事でもっとも大事とされたのは、守夜である。

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    中国の俗信について
    ~旧正月の儀式を中心にして~
    中国の民族文化には、一年の四季の移り変わりに基づいて、いろいろな祝日が決まっている。そのほとんどが農業生産と人間と大自然との交流に密接な関係があり、人間の「天人同一」という文化心理を反映している。その中で、もっとも重大で、かつ、もっとも民族的特色を持つ祭日は、中国旧暦の正月で、「年」と言う。「年」は「稔」であり、稲穂が実り熟することを祈りつつ念ずるという意味である。そして、「年」の由来にはこういう昔話がある。
    太古の昔、ある凶暴な「年」という野獣がいた。「年」はよく年末に町に現れ、人や家畜を食べる。ある年の瀬、例年のように「年」が現れ、ある村に入ろうとした。その時、たまたま村の牧童が鞭で、パンパンと音をさせて遊んでいた。その音を聞いた「年」は、驚いて逃げ去っていった。また別の村に入ろうとすると、ちょうど干してあった紅い衣装が、ヒラヒラと風にひるがえっていた。これを見た「年」は、また、驚いて逃げていった。また。日暮れになり、さらに別の村に入ろうとすると、人家から橙火の光が漏れていた。「年」は光にも驚き、とうとう完全に逃げ去っていった。そこ..

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