佐藤敏明先生の講話

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    資料紹介

    要約
    佐藤敏明先生は、日本ケミコンの会長であり、玉川大学経営の2期生でした。先生の学生時代の体験で一番印象に残っているのは、1964年の大学2年の時に大学内にあるゴルフ練習場を造ったことでした。先生は当時、ゴルフ部キャプテンで後輩のため、何か学生時代の思い出作りのために、おやじ(小原先生)に申し出てみると、おやじはすぐに許可を出し、練習場を造ることになりました。それはすべてを学生に任せた経営効率100%のおやじの戦略だったと先生は振り返っていました。当時の大卒の初年給が2万2000円の時代に学生だけで200万円のカンパを集めて造ったと言っていました。体力と気力だけで1年半後の6月6日に練習場を完成させ、今でも当時の仲間たちと6月6日という日を大切にしているそうです。先生は今でも完成した時の感動と達成感は覚えていて、それが今の仕事に生かされていると言っていました。卒業後は、日本ケミコンの子会社で炭鉱の町(ゴーストタウン)の人々の採用活動をしていて、そのとき出会い採用した職人さん達から学んだことあると言っていました。

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    ビジネスリーダーシップ4
    佐藤敏明先生の講話
    要約
    佐藤敏明先生は、日本ケミコンの会長であり、玉川大学経営の2期生でした。先生の学生時代の体験で一番印象に残っているのは、1964年の大学2年の時に大学内にあるゴルフ練習場を造ったことでした。先生は当時、ゴルフ部キャプテンで後輩のため、何か学生時代の思い出作りのために、おやじ(小原先生)に申し出てみると、おやじはすぐに許可を出し、練習場を造ることになりました。それはすべてを学生に任せた経営効率100%のおやじの戦略だったと先生は振り返っていました。当時の大卒の初年給が2万2000円の時代に学生だけで200万円のカンパを集めて造ったと言っていました。体力と気力だけで1年半後の6月6日に練習場を完成させ、今でも当時の仲間たちと6月6日という日を大切にしているそうです。先生は今でも完成した時の感動と達成感は覚えていて、それが今の仕事に生かされていると言っていました。
    卒業後は、日本ケミコンの子会社で炭鉱の町(ゴーストタウン)の人々の採用活動をしていて、そのとき出会い採用した職人さん達から学んだことあると言っていました。初めは人間関係や慣れない仕..

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