韓国人の対日感情の移り変わり

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    《第1章 反日感情が生まれる》
     韓国の日本に対する憎しみの感情のもとは、植民地支配時代にさかのぼる。日清戦争後、清が朝鮮の宗主権を放棄した結果、日本の朝鮮支配が明確になった。その後、日韓協約(1)を結び、朝鮮の保護国化が深まり実質的支配が推し進められると、韓国側では各地で民衆による武装抗日闘争(義兵闘争)など(2)の日本の韓国支配に対する抵抗の動きがみられた。しかし、その抵抗もむなしく1910年に日本が韓国を併合し朝鮮総督府が設置され、韓国は完全に植民地化する。
    第1次世界大戦後には、ロシア革命や民族自決の潮流に影響され、朝鮮でも独立への要求が高まり、デモが全国で行われた(三・一独立運動)。この運動を鎮圧するために、朝鮮人のあいだに数千人の死者が出たといわれている。これにより、韓国人の反日感情はみるみるうちに大きくなっていったのである。
    第二次世界大戦中も、労働力不足のために朝鮮から労働者が強制連行されるなど、日本の朝鮮支配は過酷さを増した。その後、朝鮮戦争が勃発し、日本が朝鮮を放棄すると、ようやく日本の朝鮮支配が終了した(3)。
    注) 1:日韓協約は3回に分けて結ばれ、第2次日韓協約では韓国の外交を監視する統監府が設置さ
    れ、韓国の保護国化が深まり、第3次日韓協約が結ばれると韓国の保護国化は決定的なものとなった。
        2:バーグ密使事件(1907)が起こる。皇帝の高宗が、万国平和会議に日本の侵略を訴えた。しかし、日本の韓国支配は黙認された。
    3:サンフランシスコ講和会議で、日本は平和条約に調印し独立を回復すると、朝鮮・台湾・南樺太・千島を正式に放棄した。

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    『韓国人の対日感情の移り変わり』
    《第1章 反日感情が生まれる》
     韓国の日本に対する憎しみの感情のもとは、植民地支配時代にさかのぼる。日清戦争後、清が朝鮮の宗主権を放棄した結果、日本の朝鮮支配が明確になった。その後、日韓協約(1)を結び、朝鮮の保護国化が深まり実質的支配が推し進められると、韓国側では各地で民衆による武装抗日闘争(義兵闘争)など(2)の日本の韓国支配に対する抵抗の動きがみられた。しかし、その抵抗もむなしく1910年に日本が韓国を併合し朝鮮総督府が設置され、韓国は完全に植民地化する。
    第1次世界大戦後には、ロシア革命や民族自決の潮流に影響され、朝鮮でも独立への要求が高まり、デモが全国で行われた(三・一独立運動)。この運動を鎮圧するために、朝鮮人のあいだに数千人の死者が出たといわれている。これにより、韓国人の反日感情はみるみるうちに大きくなっていったのである。
    第二次世界大戦中も、労働力不足のために朝鮮から労働者が強制連行されるなど、日本の朝鮮支配は過酷さを増した。その後、朝鮮戦争が勃発し、日本が朝鮮を放棄すると、ようやく日本の朝鮮支配が終了した(3)。
     注) 1:日韓協..

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