安楽死と尊厳死の問題と対策

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    安楽死についての問題点と打開策
    安楽死・尊厳死の現状
    ①医師側から
     安楽死という語を使わないまでも、死期が迫っている患者には痛みを止めるだけの治療に専念する、という暗黙の了解ができあがっており、日本の医療現場にはこのような慣行ができあがっている。安楽死については、時代により個人により様々な見解が存在するが、一般論を言えば、現実的には多くの医師が容認しているが問題は社会的な制約との関わりが医師を擁護してくれるかということであると言える。
    ②患者側から
     平成四年五月に読売新聞が行った全国世論調査の統計結果によれば、不治・末期患者の尊厳死容認が86パーセントを占めている。このことは世論が尊厳死を容認しているものと判断できよう。しかしながら、実際に自分が不治・末期患者になった場合に直面したとき、どんな選択をすることになるかは健康な人間には予測不可能であろうし、現にそうした病にかかって尊厳死を希望したいという状況になったとしても、意識が混濁したり、喪失したりして自らの意思を家族や医師に伝えることが困難な状態になる場合が多い。
    ③家族から
     末期症状に激しい苦痛をあらわにしているのを見るのは家族にとっても大きな苦しみとなる。患者が、延命措置をとらないでほしいと希望していなくても激痛から解放してやりたいと思うケースもある(東海大学付属病院事件)。
    安楽死の基準とその問題点
     安楽死にはまだ確たる定義はないが、日本で論じられている安楽死論の共通項をまとめると、
    現代の医学知識や医療技術では治癒が不可能であり、きわめて近い将来に確実に死が訪れる。
    患者は激しい苦痛を訴え、それが着実に進行している。傍目にもその苦痛を窺い知ることができる。
    患者は自らの意思として、回復不能にもかかわらず行われる治療行為に、すでに拒否の意思をあらわしている。
    その意思を再確認したうえで、さらに患者本人の同意を得て、医師はその苦痛を除去することを目的とした治療を行う。
    その治療とは患者の指揮を早める医学的処置のことである。
    安楽死を是認する上で客観的な要件は、山内判決で示された六要件であり、これが裁判上で引用され続けているし、医師たちの尺度となっていると言える。
    山内判決で示された六要件
    病者が、現代医学の知識と技術から見て不治の病に冒され、しかもその死が目前に迫っていること。
    病者の苦痛が甚だしく、何人も真にこれを見るに忍びない程度のものなること。
    もっぱら、病者の死苦の緩和の目的でなされたこと。
    病者の意識が、なお明瞭であって、意思を表明できる場合には本人の真摯な属託、または承諾のあること。
    医師の手によることを本則とし、これによりえない場合には、医師によりえないと首肯するに足る特別な事情があること。
    その方法が倫理的にも妥当なものとして認容しうるものなること。
    これらの要件がすべてみたされるのでなければ、安楽死としてその行為の違法性までも否定しうるものでないと解すべきであろう。
     以上のような基準の問題点としては、次のような事項があげられる。
    確実に死が訪れる状態とは具体的にどの段階かというのは医師の判断にかかっているので、当然、医師の経験や知識によって差が出ること。
    苦痛を訴える患者を目前にした時の判断は、医師と患者の家族によって受け止め方がことなる。
    実際には、患者の意思(リビング・ウィル)の表示を誰もがするような段階には達しておらず、末期医療の段階では大体は「本人抜き、家族の意思」で治療が行われるケースが多い。
    意識も曖昧で苦しむだけの患者に、その意思を確認することは容易

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    安楽死についての問題点と打開策
    安楽死・尊厳死の現状
    ①医師側から
     安楽死という語を使わないまでも、死期が迫っている患者には痛みを止めるだけの治療に専念する、という暗黙の了解ができあがっており、日本の医療現場にはこのような慣行ができあがっている。安楽死については、時代により個人により様々な見解が存在するが、一般論を言えば、現実的には多くの医師が容認しているが問題は社会的な制約との関わりが医師を擁護してくれるかということであると言える。
    ②患者側から
     平成四年五月に読売新聞が行った全国世論調査の統計結果によれば、不治・末期患者の尊厳死容認が86パーセントを占めている。このことは世論が尊厳死を容認しているものと判断できよう。しかしながら、実際に自分が不治・末期患者になった場合に直面したとき、どんな選択をすることになるかは健康な人間には予測不可能であろうし、現にそうした病にかかって尊厳死を希望したいという状況になったとしても、意識が混濁したり、喪失したりして自らの意思を家族や医師に伝えることが困難な状態になる場合が多い。
    ③家族から
     末期症状に激しい苦痛をあらわにしているのを見るのは家..

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