近代教育の発展と教師達〜何故教師は御真影に殉じたのか〜

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    教育問題を考える上で、当然かもしれないが教師は「教える側」としてとらえられ、教育問題の責任もすべて彼らがおっているかのように言われることがある。果たしてそれは正しい見方なのか。教師と雖も、普通の人間である。私は、教育について、教師の視点から考えてみたいと思う。
    そこで、今回のレポートでは御真影にスポットを当ててみた。

    1、御真影の由来と普及
    天皇の写真を公的機関に配布し、監視のみならず一般住民に拝観させるという慣行は明治六、七年からあったといわれる。こうした慣行は教育関係者の注目するところとなり、次第に学校にも御真影が下賜されるようになる。それが小学校まで普及するきっかけとなったのは、一八八九(明治二二)年の文部省総務局長の道府県知事あて通牒からである。

    この通牒からは御真影下賜の重要なねらいが読み取れる。

    ?御真影を知事を介して下賜しようとしていること
    つまり、中央集権的な権力機構を利用し、タテ割りの責任のもとに下賜をし、国民をその権威の下におしとどめようとすると同時に、御真影にそそうがあった場合は、知事までもその責任が及ぶということを示唆している。

    ?各学校の自発的な「申立ニヨリ」下賜するというように、天皇の恩賜という性格をもたせようとしている。

    ?政府の言う「模範」「優等」の基準に各学校を誘導しようとしていること
    また、御真影は教育勅語とは異なり、全国の小学校に下賜されたわけではない。下賜要件に合致して初めて下賜されたものである。したがって、下賜された学校は近傍では大変な名誉とされ、拝載式は各地で「空前絶後ノ盛典」として挙行された。

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    「近代教育の発展と教師たち~なぜ教師は御真影に殉じたのか~」
    教育問題を考える上で、当然かもしれないが教師は「教える側」としてとらえられ、教育問題の責任もすべて彼らがおっているかのように言われることがある。果たしてそれは正しい見方なのか。教師と雖も、普通の人間である。私は、教育について、教師の視点から考えてみたいと思う。
    そこで、今回のレポートでは御真影にスポットを当ててみた。
    御真影の由来と普及
    天皇の写真を公的機関に配布し、監視のみならず一般住民に拝観させるという慣行は明治六、七年からあったといわれる。こうした慣行は教育関係者の注目するところとなり、次第に学校にも御真影が下賜されるようになる。それが小学校まで普及するきっかけとなったのは、一八八九(明治二二)年の文部省総務局長の道府県知事あて通牒からである。
    この通牒からは御真影下賜の重要なねらいが読み取れる。
    御真影を知事を介して下賜しようとしていること
    つまり、中央集権的な権力機構を利用し、タテ割りの責任のもとに下賜をし、国民をその権威の下におしとどめようとすると同時に、御真影にそそうがあった場合は、知事までもその責任が及ぶとい..

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