アテナイの民衆裁判制度(西洋法制史)

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     アテナイの民衆裁判所制度について、その成立の起源、構成、陪審官、審理・判決の順で説明する。
     民衆裁判所は、BC594年にアルコンに選出されたソロンの改革の手段として創設された制度と言われている。ソロンの改革の中には「公私一切の債務の解除」という日本で例えるならば徳政令のような政策があり、この影響で多数の係争が発生し、これを解決する手段として国家の権威の下に裁判制度が必要となった。アテナイの最高意思決定機関である民会と司法権の民衆裁判所とは対立概念ではなく、ともに市民を代表するという概念であった。
     裁判の構成としては「私法上の訴訟」「公法上の訴訟の2種類がある。ここにいう私法、公法は現在の民事、刑事とは異なる概念である。公法上の訴訟は市民であれば何人でもこれを告発することができ、事件の重要性に応じて501人、1000人、1500人、2000人、2500人、時には6000人の陪審官により審理が行われた。もうひとつの私法上の訴訟は金額により陪審官の数が異なった。請求金額が1000ドラクマ以下の事件では201名、1000ドラクマ以上のときは401人であった。告訴権は利害に関するものに限ら..

    コメント1件

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    2007/01/29 7:57 (9年10ヶ月前)

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