現代教職論(やめない先生達)

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    やめない先生たち
                           
    はじめに
    私は、これからの学校教育において重要であることに、『やめない先生』というものが大きく関わっているように思う。現在における教員の採用は少なく、教員免許を取得しても教師になることは難しい。いくら有能な実力をもっていたとしてもその実力を発揮する場が設けられていないのである。このような事態が起こる背景に、先ほど述べた『やめない先生たち』がいる、と私は思うのだ。
     私がなぜこのような先生たちに着目したのか、と言われれば大きく理由が二つある。一つには自分自身が小学校二、三年生だった頃の担任の不甲斐なさ、またもう一つには自分の小学校二年生なる妹が一年生だった頃の担任の不甲斐なさ、というものに疑問をもったからである。以下にその実体験を簡潔に述べていきたいと思う。

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                   やめない先生たち
                           
    はじめに
    私は、これからの学校教育において重要であることに、『やめない先生』というものが大きく関わっているように思う。現在における教員の採用は少なく、教員免許を取得しても教師になることは難しい。いくら有能な実力をもっていたとしてもその実力を発揮する場が設けられていないのである。このような事態が起こる背景に、先ほど述べた『やめない先生たち』がいる、と私は思うのだ。
     私がなぜこのような先生たちに着目したのか、と言われれば大きく理由が二つある。一つには自分自身が小学校二、三年生だった頃の担任の不甲斐なさ、またもう一つには自分の小学校二年生なる妹が一年生だった頃の担任の不甲斐なさ、というものに疑問をもったからである。以下にその実体験を簡潔に述べていきたいと思う。
    自らの実体験
    私の担任は、まずまじめな授業というものをしてこなかったように思える。たとえば、社会の時間、教科書にのっている写真を指差し、『○○屋さんの看板はどこにあるかな?』などといった全く関係のない問題をだす。こんな感じの授業が日常茶飯..

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