「国家と宗教」を読んで

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    宗教社会学
    「国家と宗教」を読んで
    私の宗教に関する知識ははなはだ脆弱である。世界史の歴史の教科書で学んだ知識だけで、それを文面どおりに受け取り、受験用にせっせと暗記しようとするだけで、宗教について考えてみようとしたことはほとんどなかった。私の周りに宗教性は乏しく、自分の家は埋葬するときは何宗によるのかというのも覚えていない。そして極めつけは、宗教について深く考えもせずに、宗教というのはなんとなく胡散臭いもので、社会に対しては害となることが多いと考えていたことである。宗教を害悪と考えてしまうのはともかく、宗教を普段から意識せず、宗教に対して無関心でいるのは、戦争に負けて政教分離が推し進められた日本では珍しくないのではないか。そして宗教は政治や文化と切り離された文脈で語られることが多くなった。しかし日本でも宗教と政治、文化、歴史を分けて考えるべきではなく、むしろ積極的に、「比較文明論の立場から宗教を文明全体の中に有機的に位置づけて」いくべきだとするのが、本書中での筆者の一貫した主張である。
    本書はまず現代西洋世界の主流であるキリスト教の歴史と政治とのつながりを概観する。次に、現代においてそのキリスト教との対立が主要な平和への問題と危惧されるイスラームの政治とのつながりを概観し、筆者がこの根深い宗教対立への解決となりうると考える仏教の政治とのつながりを概観する。最後に、意識されない、または忘れ去られようとしている古代日本からの宗教と政治のつながりが述べられている。すべての章は「何々と政治」という題になっているように、政治と宗教を合わせて考えるように意図されている。
    キリスト教の教義のひとつは、「隣人を愛せよ」とする愛(アガペー)であり、イスラームにも同様の教えはあるのに関わらず、それの対象は同じ宗教であるという限定がつくもので、唯一の絶対神を信仰する一神教にとっては、他宗教は基本的に征服の対象だった。多神教や異端はもっとも憎むべきものだった。イスラームが他宗教に寛容だった例もあるが、それもイスラームによる政教一致政治の下の宗教の自由だった。キリスト教とイスラームの争いの代表とされる十字軍や、キリスト教内部の宗派争いだった宗教改革の他にも、例を挙げれば枚挙に暇がないように、彼らセム系の宗教の歴史は常に血を伴っていたともいえる。
    冷戦が終結した現代では、平和へのもっとも差し迫った脅威は宗教対立である。西洋諸国はその根底にキリスト教思想を根付かせながら、自由、平等、民主主義が普遍的な価値だと信じ、文明は進化するとする進歩史観をもって、イスラム諸国にその思想を根付かせようとしている。イスラームは政教一致で、コーランが不変の法であるので、キリスト教とイスラームは、同じセム系で同様に唯一の絶対神を崇拝するといっても根本において矛盾してしまう。現にアメリカの統治はイラクでうまく機能せず、テロが多発している。これに対して筆者は仏教の空の思想、「我所を離れるが故に、空なり。因縁によりて和合して生ずるが故に空なり」が、「民族、宗教における価値多元社会における空思想による平和共存の可能性」を秘めていると主張する。キリスト教、イスラームの人たちは、「自己を絶対化し、ほとんど妥協するところがない」ので他者に寛容になることは不可能になってしまうが、空の思想は、「自己を絶対化しない」ので多民族、多宗教の共存社会が成立しうるヒントはここにあるのではないかと筆者はいう。実際に過去にはクシャーン朝がそれを表現していた。
    日本における国家と宗教の結びつきに関しては、神道と仏教を介して理解

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    宗教社会学
    「国家と宗教」を読んで
    私の宗教に関する知識ははなはだ脆弱である。世界史の歴史の教科書で学んだ知識だけで、それを文面どおりに受け取り、受験用にせっせと暗記しようとするだけで、宗教について考えてみようとしたことはほとんどなかった。私の周りに宗教性は乏しく、自分の家は埋葬するときは何宗によるのかというのも覚えていない。そして極めつけは、宗教について深く考えもせずに、宗教というのはなんとなく胡散臭いもので、社会に対しては害となることが多いと考えていたことである。宗教を害悪と考えてしまうのはともかく、宗教を普段から意識せず、宗教に対して無関心でいるのは、戦争に負けて政教分離が推し進められた日本では珍しくないのではないか。そして宗教は政治や文化と切り離された文脈で語られることが多くなった。しかし日本でも宗教と政治、文化、歴史を分けて考えるべきではなく、むしろ積極的に、「比較文明論の立場から宗教を文明全体の中に有機的に位置づけて」いくべきだとするのが、本書中での筆者の一貫した主張である。
    本書はまず現代西洋世界の主流であるキリスト教の歴史と政治とのつながりを概観する。次に、現代において..

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