京極為兼について

会員540円 | 非会員648円
ダウンロード カートに入れる
ページ数8
閲覧数262
ダウンロード数0
履歴確認

    ファイル内検索

    タグ

    資料紹介

    京極為兼について
    【書き下し】
    〔廿四日。癸巳〕晴。今日 朝臣申して云ふ、大納言入道( 、法名静覺)、去る廿一日薨るの由伝聞すと云々。彼の卿は、右兵衛督爲家教卿の息なり。幼日より祖父爲家卿に昵近し、和歌の口傳等悉く受くるの上、天性風骨を得、抜萃の堪能なり。伏見院在坊の時、和歌を好ましめ給ふ。仍て寓直、龍興の後蔵人頭となり、中納言に至る。和歌を以て侯し、粗政道の口入に至る。仍て傍輩の讒有り、關東退けらるべきの由を申す。
    「 て見任を解却し、籠居の後、重ねて讒口有り、頗る陰謀の事に渉る。仍て武家佐渡國
    に配流す。數年を經て京に歸り、又昵近元の如く、愛君の志等倫に軼ぐ。是れを以て寵有り。正和に朕首服を加ふるの時、上壽たり。權大納言に任じ、幾も無く 御出家の時、同じく素懐を遂げ了んぬ。 並に朕に於いて乳父たり。姉 言二品又和歌の堪能たり。 に祗侯し、延慶に褰帳の典侍なり。兄弟共に頗る權威有り。而して入道大相國 兼公)、幼年より扶持し、大略家僕の如し。而して近年舊院の寵を以て、彼と敵対し、互いに切齒、正和六年に至り遂に彼の讒に依り、關東重ねて土佐國に配す。近年聊か優免の儀有り、和泉國に移る。又上皇の御意を伺ひ申す。而して讒臣有りてこれを塞ぐ。仍て勅許無し。凡そ舊院の寵を以て、人に驕るの志有り。是を以て上皇の旨に忤ふ。朕に於いては忠節を存ず。而して上皇の叡慮に背くを以て、正和以来會て通ぜず。配流の比、和歌・文書九十餘合を以て朕に附屬す。 ・敎兼・爲基等、器量に随ひて或は一見を免じ、或は預け給ふべきの由を書き進ず。彼の時朕猶若年たり。和歌の道に於いて深く知らず。頃年以来彼の口傳等を憶念し、又内外典の深義を以て思ひ、舊院並びに爲基卿立つるところの義寔に是れ正義なり。世人これを知らず。 卿は ・ 卿の嫡流たるも、この義に達せず。身已に不堪たり。仍て彼の正義を嫉妬し、正義にあらざるの由を自ら構へ、、天下の人大半彼に歸し、和歌の道是れより頗る廢す。只入道太政大臣実兼公頗る此の義の正なるを知り、彼の人を惡むと雖も、其の道を棄てず。自外の諸人公家武家の輩、或は門弟の號有りと雖も、邪正を辨ずる能はず。嗟呼惜しいかな。頃年以来 上人に遇ひ、宗門の旨を知り、心聰法印に謁し、天台の宗旨を聞き、五經を披見し、周孔の道を悟る。彼の力を以て此の道を悟る。彼の力を以て此の道を思ふ。寔に邪正の玄隔、宛も天地の如し。是れに依り近年以来の詠歌一巻、去年の比、爲基朝臣を使として泉州に遣はし見せしむ。十餘日の後上洛し、彼の旨を傳へて云ふ、詠歌の趣、太以て神妙、深く此の義に達す。舊院御沙汰の趣に於いて、更に毫髪の相違無し。所存都て違ふところ無し。但し猶少歌數の故、言句尚練習すべき事有り。意地に於いては更に以て足らざる無し。又此の位に至る。將来の和歌僻案に入るべからずと云々。是れ已に印可なり。喜悦の志比類無し。詠歌の功淺きに至りては、もとより自省するところなり。但し内外典の義、彼の意趣に合するや否や、審らかならざるところなり。而して今許諾の旨有り。是れ本意なり。是れを以て彌佛法の正宗、和歌の非邪を知る。二三百首の歌、合點せざるの歌十首に過ぎず。尤も道に於いて悦たり。又所々直し付ける事有り。此れを以て彼の意趣を察するに、專ら雅正の道なり。仰いで信ずべし。永福門院御堪能たり。當時舊院の御遺愛として御 の間、和歌の道彼に於いて決を取る。而して詠歌の優美に至りては、階及ぼすべからず。而して時々の御詠歌の内浮艶の意、余情の に渉る有り。是れ不審の一なり。仍て彼の御判の歌合一二巻同じく遣はす。而して返答の趣宛も愚

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    京極為兼について
    【書き下し】
    〔廿四日。癸巳〕晴。今日 朝臣申して云ふ、大納言入道( 、法名静覺)、去る廿一日薨るの由伝聞すと云々。彼の卿は、右兵衛督爲家教卿の息なり。幼日より祖父爲家卿に昵近し、和歌の口傳等悉く受くるの上、天性風骨を得、抜萃の堪能なり。伏見院在坊の時、和歌を好ましめ給ふ。仍て寓直、龍興の後蔵人頭となり、中納言に至る。和歌を以て侯し、粗政道の口入に至る。仍て傍輩の讒有り、關東退けらるべきの由を申す。
    「 て見任を解却し、籠居の後、重ねて讒口有り、頗る陰謀の事に渉る。仍て武家佐渡國
    に配流す。數年を經て京に歸り、又昵近元の如く、愛君の志等倫に軼ぐ。是れを以て寵有り。正和に朕首服を加ふるの時、上壽たり。權大納言に任じ、幾も無く 御出家の時、同じく素懐を遂げ了んぬ。 並に朕に於いて乳父たり。姉 言二品又和歌の堪能たり。 に祗侯し、延慶に褰帳の典侍なり。兄弟共に頗る權威有り。而して入道大相國 兼公)、幼年より扶持し、大略家僕の如し。而して近年舊院の寵を以て、彼と敵対し、互いに切齒、正和六年に至り遂に彼の讒に依り、關東重ねて土佐國に配す。近年聊か優免の儀有り、和泉國に移る。又上..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。