浮世絵の歴史

会員540円 | 非会員648円
ダウンロード カートに入れる
ページ数5
閲覧数487
ダウンロード数3
履歴確認

    ファイル内検索

    タグ

    資料紹介

    浮世絵は庶民の風俗を捉えた絵画である。 その誕生は桃山初期、戦乱が終わり安定した 世の中へ移っていく時代である。それまでの 上から庶民を見下した形で描かれた風俗画と は違い、庶民の視点から描かれている。これ は、庶民でも生活を楽しむ余裕を持てる者が 増え、絵が娯楽の一つになったためと考えら れる。
    初期浮世絵のはじまりは『伊勢物語』など 木版本の挿絵で、技術的には未熟で単色摺り の摺り自体も粗い物であった。江戸時代にな ると、これらの挿絵が次第に一枚の絵として 発展し、書物の一部としてではなく純粋に絵 を楽しむための一枚絵として出版されるよう になった。後に、多色摺りが可能になり、よ り高度な彫や摺の技術が生み出された。多色 摺り浮世絵版画は、江戸大衆文化の発展とと もに、世界でも類を見ないほどの高レベルな 印刷技術へと進化していったのである。
    【浮世絵の歴史】            <400>
    ―初期―
    明暦の大火ごろから宝暦の頃までをさす。 初期の浮世絵は肉筆画と木版の単色摺り(墨 摺絵)が主である。この頃、木版画の原図を 描く者を版下絵師といい、その中で絵本や浮 世草子に挿絵を描いた菱川師宣が登場する。
    浮世絵を一枚摺で独立した形で描いた師宣は 「浮世絵版画の祖」と言われる。また彼の代 表作として有名な『見返り美人図』は肉筆画 である。
    元禄後期から、「墨摺絵」に鉱物質の酸化鉛 である赤色の丹を主に用いて彩色を施した「丹 絵」が現れる。享保期に入ると、丹の代わり に、より色調の柔らかい植物性の紅を主色に 用いた「紅絵」や紅絵の墨の部分に膠分の多 い墨を用いて、漆のような光沢を出したり、 銅粉や雲母を振りかけた「漆絵」が考案され る。これらの作品は寛保・延亨頃まで制作さ れたが、墨摺り+手彩色という工程では手間 がかかりすぎ、量産が次第に難しくなってい った。                 <800>
     延亨元年に「見当」を用いて、墨摺りに紅 と草色などを重ね摺りする「紅摺絵」が誕生 した。見当とは画面欄外の下辺、下隅の角の 二か所に付けられた印のことで、墨版や色版 を摺り重ねる際の目印となる。これによって、 色摺版画を用いての量産が可能になった。
    ―中期―
    錦絵が誕生した明和2年から 文化 3年頃を さす。「錦絵」とは、「錦のように美しい絵」 ということである。明和2年に江戸の俳人を 中心に 絵暦 が流行し、絵暦交換会が開かれる
    ようになった。その需要に伴い鈴木春信らが 多色摺りによる東錦絵を発明したことで、浮 世絵文化は本格的開花期を迎えた。多色摺り が可能になった背景には、色を何版重ねても ずれないよう、すべての版木に「見当」を彫 り、それに紙を合わせて版が摺られるように 工夫されたこと、複数回の摺りに耐えられる 丈夫で高品質な 紙 が普及したことが挙げられ る。また、経済の発展により下絵師、彫師、<1200> 摺師と複雑な工程の分業体制を整えることが できた点も重要である。         
    「錦絵の祖」と呼ばれた鈴木春信の死後、 絵柄は、写実的なものへと変化していった。 さらに 喜多川歌麿 が登場し、繊細で上品で優 雅なタッチで、 美人画 を数多く手がけた。
    寛政7年、版元 蔦屋 が起死回生を狙い、 東 洲斎写楽 が売り出される。独特の誇張された 役者絵によって話題を呼ぶが、特徴を誇張し すぎて、人気が振るわなかった。               
    ―後期―
    文化 4年から 安政 5年頃までをさす。 喜多 川歌麿 の死後、美人

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    浮世絵は庶民の風俗を捉えた絵画である。 その誕生は桃山初期、戦乱が終わり安定した 世の中へ移っていく時代である。それまでの 上から庶民を見下した形で描かれた風俗画と は違い、庶民の視点から描かれている。これ は、庶民でも生活を楽しむ余裕を持てる者が 増え、絵が娯楽の一つになったためと考えら れる。
    初期浮世絵のはじまりは『伊勢物語』など 木版本の挿絵で、技術的には未熟で単色摺り の摺り自体も粗い物であった。江戸時代にな ると、これらの挿絵が次第に一枚の絵として 発展し、書物の一部としてではなく純粋に絵 を楽しむための一枚絵として出版されるよう になった。後に、多色摺りが可能になり、よ り高度な彫や摺の技術が生み出された。多色 摺り浮世絵版画は、江戸大衆文化の発展とと もに、世界でも類を見ないほどの高レベルな 印刷技術へと進化していったのである。
    【浮世絵の歴史】            <400>
    ―初期―
    明暦の大火ごろから宝暦の頃までをさす。 初期の浮世絵は肉筆画と木版の単色摺り(墨 摺絵)が主である。この頃、木版画の原図を 描く者を版下絵師といい、その中で絵本や浮 世草子に挿絵を描..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。