世界遺産の代表性

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    1 外務省調査月報 2006/No. 1
    世界遺産の代表性
    七海 由美子
    はじめに
    1.最上遺産から代表遺産へ 
    2.遺産概念の拡大と基準化の試み
     (1)遺産の不均衡と代表的な一覧表
     (2)グローバル研究
     (3)グローバル戦略
     (4)自然遺産の取組み
     (5)文化遺産と自然遺産の独自性
     (6)代表性問題の第一段階まとめ
    3.代表性問題の変容
     (1)グローバル戦略達成の手段
     (2)2000年の作業部会
     (3)ケアンズ決議
     (4)戦略目標4Cと履行指針
     (5)委員会の代表性
     (6)代表性問題の第二段階まとめ
    おわりに
    参考文献
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    2 世界遺産の代表性
    はじめに
    1)
     
     世界遺産条約(「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」)は、文化遺
    産や自然遺産の中で顕著な普遍的価値を有するものを人類全体のための遺産として、
    国際社会が協力して保護することを目的として、1972 年にユネスコ(国際連合教育
    科学文化機関)で採択された条約である
    2)。ユネスコ諸条約の中でもとりわけ知名
    度が高く、エジプトのピラミッド、イタリアのローマ、アメリカのグランド・キャ
    ニオン、エクアドルのガラパゴス諸島、我が国の京都をはじめ、文化や自然の「世
    界遺産」は一般にもよく知られたものである
    3)。
     発効から約 30 年を経て、世界遺産条約は締約国 180 カ国、世界遺産 812 件(137
    カ国の物件)を数えるまでに発展した
    4)。これら 812 の遺産の属する地域や内容は
    実に様々である。現在の遺産に見られる多様性は、条約参加国の増加と遺産概念の
    発展とともに、人類の多彩な所産を世界遺産に反映させようとなされた努力の結果
    である。
     その多彩さを反映させるための基軸となってきたのが、世界遺産一覧表の「代表
    性」(仏語の「représentativité」、英語化された語「representativity」)の問題であ
    1)本稿作成にあたり、市原富士夫氏からご助言をいただきました。ここに謹んで深
     謝の意を表します。尚、本稿は全て筆者個人の見解であり、外務省ならびに世界遺
     産条約の他関係省庁の公式立場を反映したものではなく、内容の責任は全て筆者に
     属します。
    2)1975 年発効。我が 国は 1992 年に締結。
    3)それぞれの正式名称の仮訳と登録年は、「メンフィスとそ

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    資料の原本内容

    1 外務省調査月報 2006/No. 1
    世界遺産の代表性
    七海 由美子
    はじめに
    1.最上遺産から代表遺産へ 
    2.遺産概念の拡大と基準化の試み
     (1)遺産の不均衡と代表的な一覧表
     (2)グローバル研究
     (3)グローバル戦略
     (4)自然遺産の取組み
     (5)文化遺産と自然遺産の独自性
     (6)代表性問題の第一段階まとめ
    3.代表性問題の変容
     (1)グローバル戦略達成の手段
     (2)2000年の作業部会
     (3)ケアンズ決議
     (4)戦略目標4Cと履行指針
     (5)委員会の代表性
     (6)代表性問題の第二段階まとめ
    おわりに
    参考文献
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    22
    24
    25
    29
    29
    31
    2 世界遺産の代表性
    はじめに
    1)
     
     世界遺産条約(「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」)は、文化遺
    産や自然遺産の中で顕著な普遍的価値を有するものを人類全体のための遺産として、
    国際社会が協力して保護することを目的として、1972 年にユネスコ(国際連合教育
    科学文化機関)で採択された条約である
    2)。ユネスコ諸条約の中でもとりわけ知名
    度が高く、エジプトのピラミッド、イタリアのローマ、アメリカのグランド・キャ
    ニオン、エクアドルのガラパゴス諸島、我が国の京都をはじめ、文化や自然の「世
    界遺産」は一般にもよく知られたものである
    3)。
     発効から約 30 年を経て、世界遺産条約は締約国 180 カ国、世界遺産 812 件(137
    カ国の物件)を数えるまでに発展した
    4)。これら 812 の遺産の属する地域や内容は
    実に様々である。現在の遺産に見られる多様性は、条約参加国の増加と遺産概念の
    発展とともに、人類の多彩な所産を世界遺産に反映させようとなされた努力の結果
    である。
     その多彩さを反映させるための基軸となってきたのが、世界遺産一覧表の「代表
    性」(仏語の「représentativité」、英語化された語「representativity」)の問題であ
    1)本稿作成にあたり、市原富士夫氏からご助言をいただきました。ここに謹んで深
     謝の意を表します。尚、本稿は全て筆者個人の見解であり、外務省ならびに世界遺
     産条約の他関係省庁の公式立場を反映したものではなく、内容の責任は全て筆者に
     属します。
    2)1975 年発効。我が 国は 1992 年に締結。
    3)それぞれの正式名称の仮訳と登録年は、「メンフィスとその墓地遺跡-ギーザから
     ダハシュールまでのピラミッド地帯」(1979 年登録)、「ローマ歴史地区、ロー マ市
     内で治外法権を持つ教皇領資産とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂」(1980
     年)、「グランドキャニオン国立公園」(1979 年)、「ガラパゴス諸島」(1978 年)、「古
     都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)」(1994 年)。
    4)2006 年4月 13 日現在。
    3 外務省調査月報 2006/No. 1
    る。世界遺産の内容については、西欧の宗教建築など特定の国や地域や種類に偏っ
    ているとの批判が、1970 年以降なされてきたが、それは 1990 年代にかけて先鋭
    化した。これに対し、条約の中心機関であり世界遺産の保全など様々な課題に取
    組む世界遺産委員会は、世界遺産一覧表の不均衡を解消して「代表性のあるもの
    (representative)」に是正することを、条約実施上の政策目標として掲げてきたので
    ある。
     筆者は在ユネスコ日本政府代表部の専門調査員として、我が国が世界遺産委員国
    となった 2003 年秋より、2006 年 1 月まで世界遺産条約に携わった
    5)。そして、世
    界遺産委員会と関連して他国や事務局との協議に参加し、意思決定過程を観察して
    きた。その時、代表性の問題が現在の戦略目標の中核として、それなくして世界遺
    産を語ることのできぬキー・コンセプトの一つとなっていることを知った。
     締約国はただ自国の中で重要な物件を推薦しさえすればいいのではない。世界遺
    産全体の代表性を高めるためバランスに配慮し、自国本位でなく他国と一段と協調
    した措置を執ることが求められている。そうした措置は強制力がなくあくまで推奨
    事項ではあるが、例えば、世界遺産を他国より多く保有している国が新規推薦を自
    粛することも含まれる。このような措置が導入されてきた背景には、世界遺産の数
    が鰻上りに増えてきた結果、その全体像がこれまで以上に問われてきていること、
    また、人的財的リソースの限界に対処するために、遺産の新規登録をどう制限しど
    う配分するのかが問題となってきたことがあった。
     同時に筆者は、代表性問題にはそれを厳格に適用することが難しい、奇妙なねじ
    れがあることに気づいた。代表性のある一覧表とは、様々な地域や、様々なカテゴ
    リーの文化遺産や自然遺産を衡平に代表したものであるとの説明がされている。け
    れども、その名の下に導入された具体的な措置を見てみると、地域単位の取組みや
    カテゴリー別の研究は行われてきているが、最近はむしろ、締約国ごとの遺産から
    見た代表過多と過少の問題への対処が強調されるようになっている。その結果、世
    5)我が国の世界遺産委員国任期は 2007 年秋までの 4 年間。
    4 世界遺産の代表性
    界遺産の過程には矛盾も生じている。
     例えば、2004 年に中国の蘇州で開催された世界遺産委員会は、セントルシアのピ
    トンズ火山群の世界遺産一覧表への記載を決定した
    6)。諮問機関はこの物件の価値
    は地方的なものに止まると評価し、世界遺産としての登録には否定的であったので
    あるが、委員会は議論の末、その評価を覆してこの遺産に普遍的な価値を認めたの
    である。技術的審議においては明言されなくとも、この決定がなされたのは、一覧
    表の代表性向上を名目として遺産未保有国が世界遺産を登録することが暗に奨励さ
    れていること、セントルシアがその時点で一つも遺産を有さない国であったことと
    は無関係ではなかった。委員会の場でこの例を目にした時、代表性問題の設定のさ
    れ方が、いかに世界遺産の決定を方向づけるものであるかということを、改めて考
    えさせられたのである。
     本稿は、世界遺産の代表性が「何を」代表するものとして概念化され、ねじれが
    生じてきたのか、歴史的経緯をふりかえりつつ、問題の性質を明らかにすることを
    目的としている。以下では、条約における代表性の問題が、大きく分けて二段階の
    発展を経てきたものとして捉えることを提案し、それぞれの段階の検討を試みるも
    のである。最初の段階は 1980 年代末から 1990 年代を中心として、世界遺産の対
    象を様々な地域や文化や自然のカテゴリーに拡大しつつ、それらを一覧表の中にバ
    ランスよく代表させることが模索された時期である。続いての段階は、1990 年代末
    から現在にかけてで、ここでは世界遺産の代表性の主眼が、それまでの遺産のカテ
    ゴリーを基準としたものから、締約国を単位とした世界遺産数に移行しており、そ
    のバランス達成のための標準化の努力によって特徴づけられる。
     ただし、これらの変化は断絶したものではない。最初の段階での問題設定に基づ
    いた努力は、現在も継続されている。けれども、代表性の解釈にもたらされた質的
    な変化は、全体としてみれば、世界遺産の質をも揺るがし得る、パラダイム・シフ
    6)「ピトンズ・マネジメントエリア」(セントルシア、2004 年)。
    5 外務省調査月報 2006/No. 1
    トともいうべきものであったと筆者は考える。本稿後半では、この質的な変化がさ
    らに、世界遺産条約の民主化とも言うべき世界遺産委員会の変革を伴っていたこと
    を指摘し、今後のさらなる研究の可能性を示唆して結びたいと思う。
    1.最上遺産から代表遺産へ
     世界遺産条約は、中心的機関である世界遺産委員会(「世界の文化遺産及び自然遺
    産の保護のための政府間委員会」)を通じて締約国が世界遺産の国際標準化に積極的
    に関わる体制が特徴的である。委員会は締約国会議(全締約国で構成、隔年開催)
    によって選出される締約国の代表 21 カ国によって構成されている。条約事務局であ
    る世界遺産センター、及び諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)、IUCN(国
    際自然保護連合)、イクロム(文化財の保存文化財の修復の研究のための国際センタ
    ー)等の補助を受けつつ、「世界遺産一覧表」を作成・更...

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