教育史 設題1

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    佛教大学教育史

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    藩校について述べよ。
     ⇒昌平坂学問所が設置されていくのと前後して、諸藩においては藩学、藩校といった藩立の学校が設けられていった。藩学という名称は、明治4年(1871)の廃藩置県によって県学校が出現したため、それ以前の学校を一括して呼ぶようになった。
     藩校には、広狭の2種類の意味がある。藩士の弟子に対して、主として漢字による文字の学習や教養を学ばせるための学校として、また武芸稽古所、武館、武学校なども含めての藩校と、さらに広く、医学校、洋学校、国学校、兵学校などを含める場合の藩校である。以下、個々では前者である狭義の意味での藩校をとりあげ、考察していくとする。
     藩校が設立してくる過程として、石川松太郎は4つの類型を上げている(石川松太郎『藩校と寺子屋』)。その一つは、藩士を対象とした公開講釈から出立したもの、その二つは儒官の家塾をひきあげて藩校に組織したもの、三つめは聖堂を立てて孔子祭を実施する行事から出発して、この祭典に付帯する講釈のため講堂をもうけ、後に藩校に成長したもの、そして最後は、初めから儒学教育の理念と構想のもとに、雄大な規模と組織とをもって建営された藩校の以上、四つの..

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