インターネットの光と影1

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    インターネットの光と影
       
     近年のインターネットの発達やそれに伴うビジネスモデルの確立など周辺の環境整備は目覚しいものである。1960年代からアメリカの国防用に研究・開発が始められてから、半世紀弱でこのように大衆化した産業は他に類をみないだろう。一方でこの急速な発展に追いつけずまだ手付かずの状態である問題も多くある。そこでこのようなインターネットの「栄光」、「影」の両方を考察し、次世代への可能性と課題を探っていきたいと思う。
     インターネットの原型となるARPAnetを開発したARPAはアメリカ国防総省内に設置された高等研究計画局であり、そこからもわかる通りもともとの目的は国防上、特に対ソ用として軍事利用可能な科学技術を開発するためであった。当時の米ソが一触即発の緊張関係であったことに加え、ソ連が人工衛星スプートニクの打ち上げに成功したことによる科学技術の遅れを取り戻すためにも、開発は急ピッチで進められたのだと思われる。
     規模や性質の面でARPAnetが今日のインターネットの様な形に形作られ始めたのは軍事用研究ネットワークであるMILNET等が分離され、ネットワークの主なユーザーが大学を中心とした研究者達になってからであるが、決定的な要因となったのは1986年に国立科学財団によってNSFNETが作られ運用が開始された事だと思われる。このNSFNETはスーパーコンピュータ同士を接続するネットワークであり、研究者にスーパーコンピュータの高度な計算処理能力を使用できる環境を提供するという目的があった。この裏には、より良い環境によって優れた研究成果を生み出し、アメリカの威信を高めるという考えがあったされている。実際、学際的な協力という意図されなかった形ではあるが、NSFNETを通じて様々な分野の研究者がコミュニケーションを取り共同研究を行う事によって、人工知能等の分野で優れた成果が生み出されたという。NSFNETはARPAnetとも接続し、その結果多くの研究者達がNSFNETをポストARPAnetとして利用を開始した。1990年にはARPAnetは終了宣言を出し、その後今日に至るまで NSFNETとその発展であるNRENがアメリカのインターネットの中心として機能している。重要なのは、MILNETとの分離以降NSFNETを含め、スポンサーこそは財団や政府ではあったが、管理運用は主としてボランティア的活動によっていた点である。これがインターネットの自由な雰囲気の根源であり、ユーザー各々に自己決定能力が求められる所以でもある。
    その後もアメリカ政府の積極的な支援によって、インターネットはあらゆる分野の政府機関と接続しなおかつ各産業界をも取り込み、国際競争力を高める為の道具として、まさに国策として動き始める。90年代前半あたりまでは、インターネットを今日の様な形で世界中に広めようという気はあまりなかったのであろうが、今日の状況を見ると、インターネットを通じアメリカは世界の情報を支配していると言えなくもない。
    インターネットが爆発的に普及を始めたのは1995年になり、Windows95がもたらしたパソコンブームからであろう。実際、1995~96年の1年でインターネットに接続可能なホスト数は倍以上に膨れ上がっており、電子取引をするバーチャル店舗が出現したのも1995年である。これを指して 「インターネットの父」と呼ばれるヴィント・サーフ氏が「1995年はビジネスがインターネットを発見した年」と述べている。これらに象徴されるようにインターネットやパソコンが研究

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    インターネットの光と影
       
     近年のインターネットの発達やそれに伴うビジネスモデルの確立など周辺の環境整備は目覚しいものである。1960年代からアメリカの国防用に研究・開発が始められてから、半世紀弱でこのように大衆化した産業は他に類をみないだろう。一方でこの急速な発展に追いつけずまだ手付かずの状態である問題も多くある。そこでこのようなインターネットの「栄光」、「影」の両方を考察し、次世代への可能性と課題を探っていきたいと思う。
     インターネットの原型となるARPAnetを開発したARPAはアメリカ国防総省内に設置された高等研究計画局であり、そこからもわかる通りもともとの目的は国防上、特に対ソ用として軍事利用可能な科学技術を開発するためであった。当時の米ソが一触即発の緊張関係であったことに加え、ソ連が人工衛星スプートニクの打ち上げに成功したことによる科学技術の遅れを取り戻すためにも、開発は急ピッチで進められたのだと思われる。
     規模や性質の面でARPAnetが今日のインターネットの様な形に形作られ始めたのは軍事用研究ネットワークであるMILNET等が分離され、ネットワークの主なユーザ..

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