【佛大】日本史 A判定

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    初期議会から日清戦後にかけての政党について



     1889(明治22)年2月11日に、大日本帝国憲法が発布され、アジアで初めての立憲国家となった。翌年の1990(明治23)年11月の議会開設にむけて、第1回総選挙が行われた。

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    初期議会から日清戦後にかけての政党について
     1889(明治22)年2月11日に、大日本帝国憲法が発布され、アジアで初めての立憲国家となった。翌年の1990(明治23)年11月の議会開設にむけて、第1回総選挙が行われた。衆議院300議席中、板垣退助らが作った日本最初の政党である旧自民党が中心となった立憲自由党が130名、そして、大隈重信を中心として作られた立憲改進党の41名、政府を批判する民党議員が171議席獲得した。対する政府に味方する吏党系議員は129名と、民党が議席を大きく上まった。
    第1回の議会では、超然主義をかかげて、「国境としての主権線」とともに「朝鮮を含む利益線」の防衛のための軍備増強を訴える政府。超然主義とは、政党の動向に左右されないで、政府が政策遂行にあたる。議会は開く約束はしたが、無視します。民党が何を言っても無駄だよ。というスローガンであったが、民党の力は以外に強かったようで、政府の軍備増強案に対して、民党は支持基盤である地主の利益を代弁し,『経費削減、民力休養』を主張、軍事費重視の予算案通過に反対をした。そこで政府は自由党の植木枝盛ら土佐派を買収し、予算案を可決..

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