鎌倉幕府と執権政治

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    鎌倉幕府と執権政治
    鎌倉幕府の政治は主に①鎌倉殿独裁政治②執
    権政治(合議制含む)③得宗専制政治の三期
    に区分される。
    1191(正治1)年にすぐれた指導者であ
    る頼朝が将軍独裁の体制で運営していたが、
    頼朝の死後、若い頼家とその弟の実朝の時代
    になると統率力に欠け、御家人中心の政治を
    求める動きが強まった。また、有力な御家人
    の間で政治の主導権をめぐって激しい争いが
    続き、多くの御家人が滅んでいった。その中
    で勢力を伸ばしたのが伊豆の北条氏である。
    1203(建仁3)年、頼朝の妻で尼将軍と
    いわれた北条政子の父である北条時政は、若
    き将軍の頼家を廃し、弟の実朝を立てて幕府
    の実権を握る。この時政の地位は執権と呼ば
    れ、子の義時に継承されたが、さらに義時は
    侍所の長官(別当)であった和田義盛を滅ぼ
    し、政所と侍所の別当を兼ねて地位を固めた。
    これ以後、政所別当と侍所別当を兼ねる者が
    執権となり北条氏一族の間で世襲されるよう
    になる。
    一方、京都の朝廷では、幕府の成立と勢力の
    拡大に直面し、政治の立て直しが行われる。
    その中心にあったのが後鳥羽上皇である。上
    皇は分散していた荘園を手中に..

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