情報化社会の進展と知の変容 : テキストデータ

情報化社会の進展と知の変容
一 二つの文化論からモード論へ
二つの文化論とパラダイム論
 一九五九年、イギリスの著作家C・P・スノーは「二つの文化と科学革命」と題された講演で、科学革命----二○世紀前半における科学技術の発展をスノーは「科学革命」と呼んだ----の結果、西欧の知識人社会に大きな亀裂が生じつつあると論じた。すなわち、スノーは人文的文化(その代表としての文学者)と科学的文化(その代表としての物理学者)の間には越えがたい亀裂=溝があり、両者は互いに理解しあうことができず、言葉さえ通じなくなってしまっていると論じ、これは西欧文化における危機だと警鐘を鳴らしたのである (1) 。スノー自身、物理学者としての経験をもつ評論家・小説家という特異なキャリアの持ち主であり、文化の分裂に深刻な 式(モード)の根本的な変化と捉える視点である。
 M・ギボンズらは、従来の知識生産の様式を「モード1」と呼ぶ (9) 。モード1とは、概ね、大学を中心としたアカデミズム科学的な研究のあり方、知識生産のモードである。パラダイムを共有する科学者による、科学者のための研究であり、学問のための学問とも言える。したがって、知識生産は、もっぱら大学人の専売特許となっていた。また、大学人は、自ら生産した知識が、役に立つか立たないかについて、無頓着であった(あるいは無頓着を装っていた)。知識の生産の場としての大学は、外部に対して閉じていた。「象牙の塔」にたてこもって、専門細分化した研究に勤しむ、というのが典型的な研究スタイルであった。その行き過ぎが、批判の対象となり大学紛争の引き金になったこと は前述した通りである。
 しかし、研究テーマが、社会の要請に応じる形で、例えば、地球環境問題といった広範で具体的なものになれば、研究は、当然にも、学際的・総合的にならざるを得ない。そこでは明確なパラダイムはないし、「パズル解き」的な研究では対応できない。換言すれば、固有の専門家もディシプリン(専門分野)も存在しない。同時に、科学者は、研究テーマを設定しそれを遂行するにあたって、研究費を直接負担しているスポンサーに対して、あるいは広く社会一般に対して、自らの研究の意義とその成果に「説明責任」(accountability)を課されるようになってきた。また、こういった研究の遂行にあたって、大学・企業・官庁の研究者相互の、さらには一般市民との協力が必要となってきたが、実際、コンピュータ・ネットワーク 館のコンピュータ化とは、図書・文献目録の電子化、その結果としての検索のコンピュータ化、せいぜいデータベースの利用ということだった。しかし近年では、前述のオンライン・ジャーナルなど電子出版が盛んになるとともに、電子図書館構想が盛んに議論されるようになってきた (18) 。
 電子図書館とは、図書館が所蔵している、書物そのもの、資料そのものを全部まるごと電子化し、それらの電子化された書物や資料をインターネットを通じて提供する、というものである。コンピュータの性能の向上とインターネットの登場が、電子図書館というアイデアを夢物語から実現可能なプロジェクトに変えたのである。
既存の図書館と電子図書館を対比してみると次のようになるだろう(表3)。
既存の図書館 電子図書館 イメージ 知識・情報の貯 蔵庫
自律的な単位としての場所/空間 見えざる図書館(仮想図書館)
グローバルな拡がりを持ったネットワーク(WWWなど)の結節点 所蔵資料 文書(写本・図書・雑誌)
参考図書(データベース)
静止画(写真・絵画・地図)
映像・音声資料 ハイパーテキスト化されたコンテンツ(左記の資料をすべて含み、相互に参照可能) サービス 保存・管理
貸出/レファレンス
読書・研究空間の提供 資料のデジタル化と管理(国内外に向けた情報発信・資料提供が可能)
スタッフの増強及び再教育が必要
オンラインでのレファレンスとコンテンツの提供
読書・学習・研究支援(例:音声朗読/辞書・翻訳)の可能性 特徴と問題点 利用が簡単(設備不要)
サービスは無料
利用のための時間的空間的制約あり
所蔵資料の保護管理が容易
資料の重複(ある程度)
資料 められている (21) 。雑誌以外についても、学位論文など、多くの資料が、一日数千ページの規模で電子化されて、サーバーに蓄積されつつある。もっとも、著作権の問題があるため、せっかく電子化した情報も、奈良先端科学技術大学院大学の端末からしか見ることは出来ない(目次レベルまでは学外からも見ることができる)。
 既存の大学図書館でも、同様の動きがあり、例えば、大阪市立大学では旧来の大学図書館が廃され、多額の費用をかけて新設された学術情報総合センターの中に、従来の図書館的機能が包含された (22) 。これらの例にみられるように、電子情報化に熱心であることをアピールする大学は図書館を廃止して、総合情報センターであったり、学術情報総合センターであったり、名称はさまざまだが、そういう所に図書館機能を 館はからっぽの洞窟」ではないか、というわけである。むしろ、もともと多くはない図書館の予算や職員が、電子情報化に向けられ、その結果、図書館の本来的機能が失われてしまう、そんな危機的な状況に我々は今直面しているのではないか、とさえストールは指摘している。
 
利用権と著作権
 電子図書館が、作家ボルヘスの描いた「バベルの図書館」 (28) なのか、それともストールが言うように「空っぽの洞窟」にすぎないのかは、結局のところ、利用者にどれだけ充実したコンテンツを提供できるかにかかっている。ここで問題になるのが利用権と著作権の兼ね合いである。
 すなわち、従来、図書館は「この門を入るもの(本)は一切の商品性をすてよ」という原則のもとに資料を収集・保存・管理し、利用者に対して無料で資料閲覧サービ 屋、前掲書、七五~八九頁。
(30)戸田愼一・海野敏「電子図書館時代の著作権」、日本薬学図書館協議会「薬学図書館」編集委員会編『電子図書館とマルチメディア・ネットワーク』(日本図書館協会、一九九六年)、一○五~一二二頁。
(31)例えば、長尾真「電子図書館時代の著作権について」、電子社会システム研究推進シンポジウム『電子社会における知的財産予稿集』(二○○○年)、三~七頁、「シリーズ 文化は誰のもの」(『朝日新聞』二○○三年七月より断続的に掲載)など。
越智貢(編著)『情報倫理学入門』ナカニシヤ書店、2004年、163-183頁。
資料提供先→  http://home.hiroshima-u.ac.jp/nkaoru/Johorinri.html