1-4同時であるとはどういうことか

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    同時であるとはどういうことか
    時刻合わせも光が基準だ。
    遠くの時計の時間合わせ
     どんな速度で運動している人から見ても光の速度が変わらないという非常識な事を認めるならば、今まで普通に使っていた「同時」という概念は大きく変更を迫られることになる。 しかし、アインシュタインの主張は、「同時」という今まで私たちが何も考えないで使っていた概念の方が間違っていたのであって、この際、光を基準にして、同時に関する概念を見直すべきではないのか、というものである。
     アインシュタインはこう考える。 A地点で静止している自分の時計と、遠くのB地点でやはり静止している友人の時計が合っているかどうかを確かめたい。 そのためにはこうすればいい。 0時にA地点からB地点に向かって光を発射する。 B地点ではAから来た光を受けたらAに向かってすぐに反射させる。 光は10時にA地点に返ってきたとしよう。 B地点にいた人が、光が来たのは5時だった、と言えば二つの時計は合っていることになる。 もしずれていたらその分だけ直してもらえばいい。
     このような調子で、お互いに静止しているあらゆる地点の時計を「同時刻」に合わせることが出来るであろう。 どんなに距離が離れていても、お互いに静止している限り、同じ時間が流れているのである。 同じ時を共有できるのである。 この安心感!
     ところが、お互いに運動する相手とは同じ時を共有できなくなってしまう。 私たちが通常使っている、同時という概念が崩れてしまうのだ。
     これからはアインシュタインの原論文とは違う解説をしようと思うので注意してほしいのだが、なるべく分かりやすくアレンジしてみたつもりである。
    同時の相対性
     A地点とC地点のど真ん中にB地点があり、自分はB地点にいるとする。 ここでA地点においてある時計とC地点に置いてある時計の時刻合わせをすることを考えよう。
     そのためにB地点からAとCに向かって同時に光を発射する。 この二つの光は「同時に」それぞれの地点につくはずだ。 この瞬間、二つの時計を0に合わせれば二つの時計は同じ時を刻み始める。
     ところがこの時刻合わせの光景を、宇宙船で通り過ぎる人が見たらどう見えるだろうか。  ちょうどB地点から光を発射する瞬間、宇宙船はB地点にいた。 そして宇宙船はC地点に向かってまっすぐに飛んでいる。
     宇宙船に乗っている人から見ても、B地点から両方向に発射された光は同じ速度で宇宙船から遠ざかってゆく。 つまり、光の見え方についてはB地点にいる人と同じなのだ。 ところがロケットはぐんぐんC地点に近づいている。 ロケットから見ればC地点がどんどん近づいてくる。 逆にA地点はどんどん遠ざかってゆく。 当然、光は先にC地点にたどり着くだろう。
     ところが地上のやつらと来たら、C地点に光がたどり着いた時刻と、A地点に遅れて光がたどり着いた時刻を「同時だ」と言って時計を合わせたのだ! けしからん!
     ・・・とは言っても光はめちゃめちゃ早いから、よっぽど速いロケットでない限りほんのちょっとの差が出るだけだけどね。
    ちょっとだけ速度が違ったらどうなるか
     お互いに静止している者どうしは、同じ時を共有できるのであった。 では「ほんの少しだけ」互いに運動している場合はどうであろうか?
     近くで起こる現象については問題ない。 しかし、遥か彼方の遠方で起こることについて話し合うと双方の意見に食い違いが出る。 距離が長くなればなるほど、時間に誤差が出るのだ。
     しかしそれは例えば、何億光年も離れたところで起きた超新星爆発が観測された時、それが何億年前に起きたのか、それともそれプラス1時間だったかどうか程度の食い違いである。 それくらいならほとんど問題にはならないだろう。  まあ、それでも気になるのなら動いている人とはあまり遠くの話をしない方がいい。
    資料提供先→  http://homepage2.nifty.com/eman/relativity/sametime.html

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