ネット心中とデュルケムの自殺論

会員540円 | 非会員648円
ダウンロード カートに入れる
ページ数5
閲覧数4,008
ダウンロード数20
履歴確認

    ファイル内検索

    資料紹介

    社会学概論
    ネット心中
    目的
    自殺には様々な形態がある。一人でする場合もあれば心中のように複数でおこなう場合もある。首つり、飛び降り、服毒など手段も様々であるし、リストラ、貧困、病苦など原因も様々である。そんななか、インターネットが社会で広く利用されるようになり、2000年ごろから「ネット心中」なるものが出てきた。ネット心中とは、インターネット上の自殺関連掲示板で、一緒に死んでくれる人を募集し、見ず知らずの赤の他人が何人か集まり自殺するというものだ。本レポートでは、デュルケム(1897)の自殺論を参考にして社会学的な観点から、ネット心中がなぜ起こるかについて考察する。
    デュルケム(1897)は、自殺の理由を説明する上で、個人の性質や動機だけでなく個人を超えて個人に影響をあたえるもの、すなわち「社会的潮流」の存在を強調している。社会的潮流がある一定の人々を自殺へと促しているという。
    また、デュルケム(1897)は背後にある社会的潮流に従って自殺を3つに分類している。集団本位的自殺、自己本位的自殺、アノミー的自殺の3類型である。集団本位的自殺とは、集団の規制、価値観に絶対服従を求められることから生じる自殺である。自己本位的自殺とは、社会や集団の統合が弱まり、個人の孤独化が進むために生じる自殺である。アノミー的自殺とは、個人の欲求を規制する社会規範が緩んだことから欲求が増大し、そこから不満が生まれ虚無感から生じる自殺である。
    募集する心境と集まった集団の力
     ネット心中が自殺である以上、一定の人々をネット心中へと追い込む社会的潮流があると考えられる。日本社会という集団を対象として、その社会的潮流がなんであるかを考える。
    ネット心中は、過去にあった他の手段をつかった自殺や心中とは違う性質をもっている。ネット心中が特異なのは、一緒に死んでくれる人を募集することだ。募集する理由としてよく言われるのは「一人で死ぬのは淋しい」「一緒にすれば決行できる。自分だけなら引き返してしまうかもしれない」などである。ここに見られるのは、一人では死ねないほどの孤立感(これについては後で述べる)と、自分だけでは引き返すほど自殺の動機が弱いこと、にもかかわらず未遂に終わらせず確実に自殺することである。
    動機が弱いのに確実に自殺するのを求めるのは矛盾するようにも思える。動機が弱いなら自殺しなければいいと思うかもしれない。確かに、ネット心中未遂者からは死にたいという意志の強さは感じられないが、普通に生きてはいられないほど“生き苦しさ”、“生きづらさ”が感じられる。
    ネット心中で重体になった大学生は「あと40年同じ生活をするのは苦しい」と言ったという。それに対して池田清彦は次のように言っている(朝日新聞夕刊2003年4月24日)。「甘ったれんじゃない、と私は思う。さしたる才能もない人間があと40年も平凡に生きられたとして、それ以上どんな人生を望むというのかね」
    池田がいうことはもっともだが、この大学生は平凡さや退屈さ故に自殺したのではなく、彼にとって生きること自体が相当苦しかったのではないかと思う。死にたいという強い意志があるわけではないが、生きているには苦しすぎて、死ぬことも生きることもできないような心境がうかがえる。最近の自殺未遂者は「死んでも死ななくても、どっちでもよかった」というようなことをよく言うが、これもそのような心境を表しているのではないか。
    このように、個人的な自殺の動機は弱いが、生きるのに耐えられず自殺を考える。そして動機が弱いため一人では実行できず、確実に自殺する方

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    社会学概論
    ネット心中
    目的
    自殺には様々な形態がある。一人でする場合もあれば心中のように複数でおこなう場合もある。首つり、飛び降り、服毒など手段も様々であるし、リストラ、貧困、病苦など原因も様々である。そんななか、インターネットが社会で広く利用されるようになり、2000年ごろから「ネット心中」なるものが出てきた。ネット心中とは、インターネット上の自殺関連掲示板で、一緒に死んでくれる人を募集し、見ず知らずの赤の他人が何人か集まり自殺するというものだ。本レポートでは、デュルケム(1897)の自殺論を参考にして社会学的な観点から、ネット心中がなぜ起こるかについて考察する。
    デュルケム(1897)は、自殺の理由を説明する上で、個人の性質や動機だけでなく個人を超えて個人に影響をあたえるもの、すなわち「社会的潮流」の存在を強調している。社会的潮流がある一定の人々を自殺へと促しているという。
    また、デュルケム(1897)は背後にある社会的潮流に従って自殺を3つに分類している。集団本位的自殺、自己本位的自殺、アノミー的自殺の3類型である。集団本位的自殺とは、集団の規制、価値観に絶対服従を求められるこ..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。