歴史 2 幕藩制確立期の幕府政治について

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    幕藩官僚制とは、近代における官僚制や官僚とはかなりギャップをもつものの、近世社会には行政、裁判、財政など一定の職務分担をもった政治機構が組織され、またそれを個人の意志としてではなく職務として執行する人的集団が存在した。こうした実態を幕藩官僚制ということばで表しておくことにする。
    幕藩官僚制における「職」の形成は、全国統一戦のなかでかたちづくられ軍事組織を前提に、平時において行政、裁判、財政などの運営を担ういわゆる「役方」の「職」を生み出し、それと平行してそれまでの軍事組織を平時に照応する組織へと改変し「番方」の「職」を作りあげることでなされた。江戸幕府における「職」は、秀忠の死去後、家光によっ

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    幕藩官僚制とは、近代における官僚制や官僚とはかなりギャップをもつものの、近世社会には行政、裁判、財政など一定の職務分担をもった政治機構が組織され、またそれを個人の意志としてではなく職務として執行する人的集団が存在した。こうした実態を幕藩官僚制ということばで表しておくことにする。
    幕藩官僚制における「職」の形成は、全国統一戦のなかでかたちづくられ軍事組織を前提に、平時において行政、裁判、財政などの運営を担ういわゆる「役方」の「職」を生み出し、それと平行してそれまでの軍事組織を平時に照応する組織へと改変し「番方」の「職」を作りあげることでなされた。江戸幕府における「職」は、秀忠の死去後、家光によってかたちづくられるが、家光自身が当初から「職」形成についての明確な方針をもっていたわけではない。秀忠の死後、家光は旧年寄層の排除を試み、同時に新たな出頭人の取立てをはかろうとした。その意味では家光は、新たな出頭人政治の構築を意図したことになる。しかし、旧年寄層との確執、みずからの病、裁判、訴訟事務の滞り、より根本的には平時に即応した行政、裁判機構創設の要請など、多くの要素がからまるなかで、出頭人政..

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