SeiyouHouseishi-04_(勅許解答権と引用権b20090401)

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    西洋法制史法
    勅許解答権と引用法について
    共和制末期のローマは、文化一般が華やかに栄え、帝政期に入るとトラヤーヌス帝、ハードリ
    アーヌス帝、ピウス帝在位の時代(95A.D.-161A.D.)は法律学の全盛期であった。これは帝国の
    経済が発展し、領土が拡大し、ローマ法の支配する範囲が拡大したことと、歴代の皇帝たちが、
    法律学の育成と権威付けに努めたことが大きな要因である。それは、優秀な法律学者へ解答権
    を与え、法学者と官職を結び付けたからである。
    共和制末期の法学者の主な活動は、具体的な問題について解答を与えることであった。古くは
    神官だけが行っていたが、神官でない法律相談人が現れ、解答をするようになるとその権威が失
    われていった。彼らの法律についての知識レベルは一定でなく、社会の変化に順応できない硬化
    した法学者の法解釈に対し、衡平の立場に立って自由な法解釈を展開した弁論家の法廷技術面
    からの攻撃もあって、必然的に法学者の権威も下落し、併せて解答の権威も下落の道を辿り、法
    律解答に混乱が起こってきた。
    そこで、初代元首であるアウグストゥスは、元首の権威に基づいて、公に解答する権..

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