レポート:ジャーナリズムに「公共」概念が求めるもの

会員2,160円 | 非会員2,592円
ダウンロード カートに入れる
ページ数2
閲覧数110
ダウンロード数0
履歴確認

    ファイル内検索

    資料紹介

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    ジャーナリズムに「公共」概念が求めるもの
    1.リアリティ形成の追求
     前章で、「公共」概念は時空間を越えるということを述べたが、では「公共」とは一体何だろうか?倫理学では相対主義的(社会内在的)倫理と絶対主義的(普遍主義的)倫理という言葉があるが、「公共」というのは時空間を越える「絶対主義的」なものである。しかし、「公共」とは何か?という問いに対して具体的な答えを明確に表現することは難しい。
     矢野は、法と倫理を対比する際に、法を「国民の合意」とするのに対し、倫理を「公共に対する信頼」と述べた(矢野・林2008)。これはモーリス-スズキの「絶対なるリアリティに対する信頼」という言葉と並行的に考えることができるのではないだろうか。モーリス-スズキは“捏造”の概念を「絶対なるリアリティへの信頼」と裏腹のものとし、絵画やことばによる描写が“捏造”の謗りを受けることがない一方で写真にはそれがあるのは、カメラは何ものにも介在されないリアリティを写すはずだという暗黙の前提があるからだとする(モーリス‐スズキ2004:95)。そして、そのリアリティによって、私たち見る側は対象との共感と一体化を喚起さ..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。