アジア史第2設題

会員864円 | 非会員1,036円
ダウンロード カートに入れる
ページ数3
閲覧数401
ダウンロード数4
履歴確認

    ファイル内検索

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    アヘン戦争から義和団運動にいたるまでの時期に、清朝政府が列強に奪われた諸権益について、具体的な事例を踏まえながら述べなさい。
     清朝政府は17世紀後半にロシア帝国とネルチンスク条約という対等な条約を結ぶなど、その勢力は大きいものであった。しかし19世紀にはいると、大規模な社会動乱、経済停滞、食糧の供給を逼迫させる人口の爆発的増加などに苦しむ中その力は衰え、1840年のアヘン戦争を契機に次々と欧米列強に搾取される存在となっていく。本論では、アヘン戦争、アロー戦争、日清戦争とその後、北清事変を取り上げ、その概要とともに列強に奪われた諸権益について列挙し、その影響について考察していく。
    【アヘン戦争】
     18世紀以降、欧州において喫茶の風習が広まり、イギリスは茶や陶磁器などを、清との貿易において大量に輸入していた。しかしイギリスからの輸出は伸びず対中貿易赤字は膨らむばかりであった。そのためイギリスは植民地のインドで栽培したアヘンを清に密輸出する事で超過分を相殺し、三角貿易を整えることとなった。
    清はアヘンの禁令を何度か出していたが、それでも吸引者は増え続け社会が退廃するばかりでなく、多量の銀..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。