John Barth2

会員540円 | 非会員648円
ダウンロード カートに入れる
ページ数3
閲覧数354
ダウンロード数0
履歴確認

    ファイル内検索

    資料紹介

    John Barth “NIGHT-SEA JOURNEY”
    この作品は、主に精子が卵子へたどり着くまでのプロセスでの精子自身の心理的葛藤、”night-sea”を泳ぎ進んでいくことの意味を見出すまでの考察が描写されていると読み解かれることが多いが、同時に他にも様々な解釈が可能である。つまり、泳ぐといった行動や、”our ling tails and streamlined heads”(4)といった、精子を表すような表現が多く見られるにもかかわらず、精子が自分の存在意義や目的を哲学的に考える様子を描写することによって、あたかも知能を持った人間に近いものとしての解釈が可能になるのである。
     「様々な解釈の可能性がある」ということはつまり、「決定的な解釈はない」という意味であり、この物語の語り手である”I”は、ポストモダン文学の特徴の一つである主体の表象不可能性を孕んだ存在になっている。今回はこの可変的な主体、そしてその主体の目的、存在意義とは一体何なのかを考えたい。
    “…these same reflective intervals that keep me afloat have led me into wonder....that our night-sea journey is without meaning.”(4)
     小休止の間、”I”は泳ぐことの意味について懐疑する。泳ぐことに意味などない、とは言うものの彼は泳ぐことをやめようとはせずに、”Love!”(5)という声、支配や権威とも呼べるものによって惰性に身を任せ、“I continue to swim―but only because blind habit, blind instinct, blind fear of drowning are still more strong than the horror of our journey.”(6)という泳ぎをやめた後に襲ってくる盲目的恐怖に怯えながらnight-seaを進んでいく。
     明らかに彼はこのnight-sea journeyに葛藤の念を抱いており、泳ぎ進むことの意義を、自己の宿命や理論を通して解体し、再構築を試みている。
    “Indeed, if I have yet to join the hosts of the suicides, it is because (fatigue apart) I find no meaningfuller to drown myself than to go on swimming."(4)
    "…we should swim, or otherwise endeavor to 'fulfill our destiny.' Which is to say, Someone Else's destiny, since ours, so far as I can see, is merely to perish, one way or another, soon or late."(4-5)
     しかし簡単に意味を見い出すことは出来ず、”swim on with neither motive nor destination, for the sake of swimming”(5)という不条理を受け入れることになる。まさしく彼はこの物語の中において、主体、目的の表象不可能性に直面しており、night-sea journeyの根底に流れる「泳ぐために泳ぐ」という普遍的で暗黙のうちに認められている

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    John Barth “NIGHT-SEA JOURNEY”
    この作品は、主に精子が卵子へたどり着くまでのプロセスでの精子自身の心理的葛藤、”night-sea”を泳ぎ進んでいくことの意味を見出すまでの考察が描写されていると読み解かれることが多いが、同時に他にも様々な解釈が可能である。つまり、泳ぐといった行動や、”our ling tails and streamlined heads”(4)といった、精子を表すような表現が多く見られるにもかかわらず、精子が自分の存在意義や目的を哲学的に考える様子を描写することによって、あたかも知能を持った人間に近いものとしての解釈が可能になるのである。
     「様々な解釈の可能性がある」ということはつまり、「決定的な解釈はない」という意味であり、この物語の語り手である”I”は、ポストモダン文学の特徴の一つである主体の表象不可能性を孕んだ存在になっている。今回はこの可変的な主体、そしてその主体の目的、存在意義とは一体何なのかを考えたい。
    “…these same reflective intervals that keep me afloat have l..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。