鉄砲伝来によって変化した日本の戦術と天下統一

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    鉄砲伝来によって変化した日本の戦術と天下統一
    種子島への鉄砲伝来
    種子島への鉄砲伝来は『鉄炮記』に記されている。天文12年8月25日の出来事。「五峰」と名乗る明の儒生が大隅国種子島西之浦湾に漂着した中国船に乗っており、通訳をした。その船に乗っていたポルトガル人が鉄砲を持っており、種子島で鉄砲を紹介。種子島島主である種子島恵時・時尭親子が2挺を購入して研究を重ね、刀鍛冶の八板金兵衛に命じて複製を研究させた。その頃種子島に在島していた堺の商人などが鉄砲を本土へ持ち帰り、さらには足利将軍家にも献上されたことなどから、鉄砲製造技術は短期間のうちに複数のルートで本土に伝えられた。やがて鉄砲鍛冶が成立し、戦場における新兵器として火器が導入され、日本の天下統一を左右することとなる。16世紀の日本は戦国時代で、鉄砲伝来から僅か数十年で、日本は世界でも有数の鉄砲保有国となった。 室町時代以降も日本の武器製造技術は高度となった。
    伝来当初は猟銃として用いられていたが、すぐに戦場で用いられるようになった。当時の鉄砲はマッチロック式であり、火縄銃と呼ばれた。やがて早合と呼ばれる弾と火薬を一体化させる工夫がなさ..

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